Chicago Shimpo
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シカゴ沖縄県人会、50周年を祝う

• シカゴ沖縄県人会の50周年記念祝賀会が5月28日、シャンバーグにあるエンバシー・スイーツ・ヒルトンホテルで開催された。祝賀会にはノース・キャロライナ、インディアナ、ミシガン、ワシントンDC、オハイオの沖縄県人会メンバーも出席し、豊かな沖縄文化を披露した。
• シカゴ沖縄県人会のプレジデント、ポーラ・シュミッドリング氏は、同会の前身である沖縄郷友会がシカゴに設立された1966年当時、トヨタ・カローラが日本で新発売され、当時の米国のガソリン価格は1ガロンあたり32セント、切手は5セントだったと話し、大きく変化した50年を思い起こさせた。
• シュミッドリング氏は「この50年間にどのグループも変化にチャレンジして来ました。シカゴ沖縄県人会も例外ではありません。我々も言葉、文化、世代、技術のギャップがあります」と話し、「しかし、今日ここに一同が集まっています。みんな県人会を守ろうとする強い意志を持った人達です」と述べ、50周年祝賀会開催の意義を出席者と分かち合った。

• リンダ安里・元会長はカリフォルニアから祝賀会に出席し、シカゴ県人会には三線グループ、踊りグループ、太鼓グループがあり、近年は空手グループも加わっている。これが県人会のメンバーを増やし会を活発化させており、将来に繋がって行くことを確信していると語った。

• 特別ゲストとして出席した岩藤俊幸在シカゴ総領事は「シカゴ沖縄県人会の皆さんはシカゴの人々だけでなく、郷里から遠く離れている日本の人々にも沖縄の文化をもたらしてくれています。日本はG7でオバマ大統領を迎え、2カ国間はより緊密になります。両国民は今日のようなイベントで文化を分かち合うことにより、より良い友人となるでしょう」と祝辞を述べた。

• 祝賀会のパフォーマンスは「かじゃでい風」の踊りで始まった。これは琉球時代に宮廷のみで踊ることを許されていた踊りで、現在は祝賀会のオープニングとして踊られている。

• 舞台には3頭の獅子が繰り出し「獅子起こし」が行われた。シーサーと呼ばれる獅子は沖縄の家の屋根や門に置かれている守り神で、沖縄民間大使を務めるニコルズ郁子さんが50周年祝賀のためにイニシアティブを取り、振り付けで有名な沖縄県読谷村在住の与那覇慶子氏の協力を得て資金を集め、一対の獅子をシカゴに持ち帰ったもの。
• 祝賀会では与那覇氏が読谷村から1頭の獅子を持参し、歴史ある獅子からシカゴの獅子に息を吹き込んだ。そして、3頭の獅子による獅子舞が披露された。

• 舞台では沖縄の美しい鳩間島の漁夫の踊り「櫂の鳩間」、沖縄空手米国志道館による「ナイハンチ初段型」、「板の試し割り」、「松村のパッサイ型」の実演が行われた。
• また、インディアナやミシガンの沖縄県人会メンバーを加え、三線の演奏や、祭り太鼓グループによる「久高、年中口説」が披露された。これは年中文化行事の継続を祝うものとされている。

• 沖縄にルーツを持つエンターテインメントのプロ、ボブ・ヒガ氏によるマジックショーも行われた。消えた水が戻ったり、破いた新聞が元通りに戻ったり、手のひらや空中から限りなく出てくるトランプのカードなど鮮やかな手品に、会場一同は息を呑んだ。

• 最後に出席者全員で「カチャーシー」を踊り、シカゴ沖縄県人会50周年記念祝賀会の幕を閉じた。

シカゴ沖縄県人会の歴史

• リンダ・安里氏の調査によると、シカゴに初めて住んだ沖縄の人は、コージュン・アニヤというカメラマンで、1902年に渡米し、シカゴ近郊のエフィングハムに住んでいた。
• シカゴに沖縄県人会の基盤を作ったのは安里徳仁という人物だった。安里氏は1906年、17歳(満16歳)の時に沖縄の中城を出、ハワイを経てサンフランシスコに着いた。折しも同地では大地震が起き、安里氏はシカゴへ移住、更にニューヨークに移った。後にシカゴに戻った安里氏は、クラークとディヴィジョン通りの角に4階建てのビルを買い、ノブコ夫人と共にビルの一階に日本食店を開いた。豆腐も作って販売し、日系人に喜ばれた。また、沖縄からの留学生を支援した。
• 1966年5月に安里氏ら5人が集まり、沖縄郷友会を発足した。やがて45家族がメンバーとなり、三線や踊りのグループができて行った。
• 1972年に沖縄が返還された時、沖縄で大祝賀会があり、シカゴから安里昇氏、アレックス・ゴンザレス氏、シゲ・カネシロ氏、アサコ・ウチマ氏、ロバート・オガワ氏が代表団として沖縄を訪れた。
• その後、シカゴの日本人人口が増えるにつれ沖縄文化への関心も高まり、毎年3月の新年会とサマー・ピクニックが継続されていった。今日でも2つの行事は続いている。
• 1995年頃、太鼓を持ってダイナミックに踊るエイサーの人気が高まり、沖縄からミュージシャンが米国に来るようになった。シカゴ沖縄県人会では他地の県人会と連絡を取りながら、エイサーの踊りと太鼓を学んだ。この踊りによってメンバーが増え、若い人達も興味を寄せるようになった。
• シカゴ沖縄県人会はミツワのバックルームに練習場を得、毎週土曜日に踊りや音楽の練習を続けている。また、多くの場所でパフォーマンスを披露している


The celebration starts with traditional dance “Kajyadifu”.


Shishi is a lion-like figure of saint doll and called as “shi-sa” in Okinawa.


Paula Schmidling, President of Chicago Okinawa Kenjinkai


Ikuko Nicles (L) and Keiko Yonaha