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大統領命令9066から75年
繰り返してはならない
差別による強制収容

• トランプ大統領が1月27日、特定七カ国からの移民を制限する大統領命令に署名すると、米国全域では即刻、特定七カ国からの入国者が入国を拒否されたり、長時間に亘る尋問を受けたりする事態が発生した。これはまさに、フランクリン・ルーズベルト大統領が署名した大統領命令9066によって引き起こされた約12万人の日系人強制収容を思い起こさせるものだった。

• シカゴ日系社会では毎年、大統領命令9066を忘れまいとする行事「Day of Remembrance」を開催している。発効から75周年に当たる今年、同行事は2月19日にシカゴ歴史博物館で開催され、会場となった同博物館のオーディトリアムは満席となった。
• 挨拶に立ったシカゴ日系人歴史協会のプレジデント、ジーン・ミシマ氏は「大統領命令9066は我々の基本的人権を護るための重要なリマインダーであり、75周年の節目となる今日、それは今までに増して重要となっている」と述べた。

• ブルース・ラウナー州知事代理はイリノイ州の声明書を読み上げた。同声明書には大統領命令により12万の日系人が強制収容されたこと、米国市民である日系人が10カ所の収容所に抑留されたこと、抑留にも拘わらず米軍に入隊し国を護るために命を捧げたこと、この働きが偏見を変えたこと、1988年にレーガン大統領が「シビル・リバティ法」に署名し強制収容を公式に謝罪し補償金を支払ったこと、1992年にジョージ・H・ブッシュ大統領が「シビル・リバティ修正法」に署名し補償金が対象者全員に支払われるようにしたことが羅列され、州知事は「大統領命令9066をみんな一緒に思い出し、ジェラルド・フォード大統領が1976年にそれを廃止したことを思い出そう」と述べた。

• ラーム・エマニュエル・シカゴ市長代理はシカゴ市の声明書を読み上げた。同声明書には大統領命令9066により日系人12万人が西海岸から強制立ち退きのうえ抑留されたこと、日系人が敵国に荷担するような行為をしなかったこと、442部隊や諜報員(MIS)として貢献し忠誠心を示したこと、戦時下の必要性としての日系人強制収容が最終的には正当化されなかったこと、レーガン大統領が「シビル・リバティ法」に署名したこと、Day of Remembranceが米国の歴史を認識させていること、シカゴ市は長期に亘って日系コミュニティが誇りとするホームであることが羅列され、エマニュエル市長は「だからこそこの日に、戦時中の日系人の勇気と苦労と忘れないようにみんなで立ち上がろう」と述べた。

• 会場では2つの短編映画「オレンジ・ストーリー」と「ソング・フォー・マンザナー」が上映された。

• オレンジ・ストーリーは、強制収容のために家族で経営して来た食品店を二束三文で売り渡さなければならなかった日系男性コージ・オーシマのストーリー。昨日まで自分の店だった所でオレンジを買おうとするオーシマに、今まで屈託のない笑顔を見せていた女の子の口から意外な言葉が。すべてを失う日系人の辛さや空しさが短い映画の中に凝縮されている、感情的な映画。
• オレンジ・ストーリーの製作費の一部はイリノイ州の助成金が充てられている。監督と脚本はエリカ・ストリート・ホップマン氏、プロデューサーは法悦太鼓のジェイソン・マツモト氏他が務めている。

• ソング・フォー・マンザナーは、製作者カズコ・ゴールデン氏の祖母のストーリー。広島に住む姉妹は仲良し。だが姉は日系人と結婚し自由の国アメリカに住むことに。自由の国であるはずなのに戦争が始まると強制収容所に。姉は何とか妹に手紙を送ろうとするが、仕事を探して強制収容所を出ようとする夫にたしなめられる。やっとの思いで妹に手紙を出し、妹の手紙も受け取ることができた。その時の喜びが美しく描かれている。やがて夫はシカゴに仕事を見つけ、一家は強制収容所を出て行く。

• 戦後生まれの三世、デュワイト・オキタ氏による詩の朗読も行われた。「星を数えるのは素敵な事」という詩は、母の日記などから書いたもの。十代だった母は、キャンディを食べながら星を数えて過ごす週末が楽しみだった。だが手荷物だけを持って強制収容所に行くことに。そこでも星は見えるが、目に浮かぶのは雑草に埋もれた車や白い家のこと。もう星を数えても意味がない。
• 父が思い出すのはラジオから流れる「ホワイト・クリスマス」。それは白人のために歌われている歌だった。この詩は多くの教科書に印刷されている。

• 最後にはリチャード・モリモト氏をモデレーターにパネルディスカッションが行われた。
• パネリストは上記短編映画の製作者と詩人のオキタ氏。
• 大統領命令9066とその後の強制収容のような歴史的な出来事について一般社会に伝える媒体とは、また、書物やデジタル・アーツが持つパワーについてパネリスト達が意見を述べた。

• カズコ・ゴールデン氏は祖母の経験をビジュアル・イメージにする意味について語った。強制収容を被った日系人は、その経験に口をつぐみ、子孫にも話すことはなかった。何が起きたのか、沈黙を破る時であり、今そうする事が重要な時だと語った。
• また、ゴールデン氏は「私達は日本から来たのであり、先祖の国と繋ぐ歌は大切。だから皆さんには子ども達に日本を辿るように教えて欲しい。伝統を継承することは恥ずかしいことではない。なぜならば私達は日系アメリカ人だから」と述べ、喝采を浴びた。

• ジェイソン・マツモト氏は、歴史の中の非常に辛い思いを感情的に短編映画に変換してアピールし、教材としてオレンジ・ストーリーを使ってもらうことを模索しているという。マツモト氏は学校の先生や大学の教授などに歴史の教材として何を使っているかを訊ね、オレンジ・ストーリーについて話していると語った。

• デュワイト・オキタ氏は、短編詩は多くのことを素早くイメージとして現すことができると話す。同氏の詩に出てくるトマトの種やオレンジは普通にあるものだからこそ感情を呼び起こすという。オキタ氏は、強制収容のことは一般アメリカ社会では余り知られていない。この様な間違いの歴史を繰り返さないために、オレンジ・ストーリーやソング・フォー・マンザナーのように強制収容のことが活発に語られることが重要であり、この様な事が実際に起きたということを口に出して話すことが必要だと語った。


Panelists from left: Dwight Okita, Jason Matsumoto, Erika Street Hopman, Kazuko Golden, and moderator Richard Morimoto


The audience of 2017 Day of Remembrance


An image from The Orange Story