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シカゴ・マラソン 日本人招待選手が健闘


好天に恵まれた10月8日、第40回バンク・オブ・アメリカ・シカゴマ・ラソンが開催された。主催者発表によると、今年は全米50州と世界140カ国から4万4,000人が参加した。
日本から来た招待選手は松村康平選手(MHPS)、宮脇千博選手(トヨタ自動車)、松尾良一選手(旭化成)の3人。
車椅子マラソンには日本記録保持者の洞ノ上浩太選手を含む7人の日本人選手が出場した。

午前7時20分、華氏50度台でひんやりするコロンバスDr.とモンローSt.の交差点から車椅子マラソンがスタートを切った。
午前7時30分、世界からの招待選手を先頭にマラソンがスタートを切った。4万4,000がスタートを終えるまで1時間以上を要する。ようやく一般参加者のスタートが終わった頃、ルーズベルトRd.とバルボAve.の中間辺りにあるゴールには車椅子マラソンの選手が飛び込んで来た。
一位はスイスのヒューグ・マルセル選手でタイムは1時間29分23秒。その約1分後に渡辺勝(わたなべ・しょう)選手が4位でゴールした。タイムは1時間30分26秒。

それから約50分後、米国のマラソン選手、ゲイレン・ラップ選手(31)が一位でゴールした。タイムは2時間9分20秒。アメリカ人の優勝は2002年以来15年ぶり。2位と3位はケニア勢、4位はエチオピア、5位はケニアの選手がゴール。
そして日本の松村選手(30)が6位でフィニッシュラインを踏んだ。タイムは2時間11分46秒。
宮脇選手(26)は11位でゴール。タイムは2時間13分23秒。
松尾選手(26)は18位でゴール。タイムは2時間15分50秒。 

一般参加のマエダ・ヨースケ氏が77位、2時間31分59秒で、ニシムラ・アキラ氏が195位、2時間42分41秒でゴールした。

レース後、招待選手はヒルトンホテルに設置されたメディア・センターに姿を見せ、インタビューに応じた。

松村康平選手

松村選手は先頭集団で走っていた。「最初はスローだったので、いつか(ペースが)上がると構えていました」と語る。
20㎞手前まで走った時、突如アクシデントが松村選手を襲った。カーブに来た時、観客とコースを分ける柵の足が浮いており、そこに足がかかって転倒した。すり傷や打ち身程度だったのですぐに走り始めたが、それで集団との距離が思ったよりも空いてしまった。先頭集団に追いつくために、余計な力を使うことになった。

 30㎞近くで先頭集団から少し離れた。その時に宮脇選手が後方から現れ一緒に走った。「離れてから前方の集団はそんなにペースは上がっていなかったので、
宮脇選手と一緒に行ったのは、だいぶ助かったと思います」と語る。

松村選手は7月と8月に走り込んでいた。「そんなに足に来たという感じはなかった」と言う。
2014年の東京マラソンで2時間8分9秒の自己記録を出した松村選手は、昨年と一昨年の東京マラソンは2時間13分台、2時間16分台と振るわなかった。しかし、今年の琵琶湖マラソンで2時間11分04秒を出し、シカゴ・マラソンでは2時間10分台を狙っていた。転倒がなければ目標をクリアしていたかも知れない。

松村選手は「今回は転倒という走り以外のミスがあったので再発しないと言う事と、やはり余裕がないのでそういう事が起きたと思うので、レース中も余裕を持って走れるようにしたいと思います」と語った。初の国際レースだったという松村選手は「次は日本国内のレースになると思いますが、今回の経験をしっかりと生かして行きたい」と語った。


宮脇千博選手

宮脇選手は2014年の東京マラソンで2時間11分50秒、今年の琵琶湖マラソンで2時間16分51秒の記録を持ち、フル・マラソン出場は今回で3回目。
「今回は最初からスローペースだったので、そのペースに身体が慣れてしまい、後半にペースが上がった時に対応できなかった。もうちょっと速いペースで行って欲しかったなぁと言うのが正直な気持ちです」と話す。

ペースが遅ければ、自分のペースで飛び出すことはできないのか?
宮脇選手は「そうするためには2時間7分、8分台で普通に走れる位の力がなければ難しいと思います」と語る。

 宮脇選手は松村選手の転倒は知らなかった。25㎞ぐらいから2人で走り、30㎞ぐらいで先頭集団に追いついた。「追いついた時はこのまま粘れば自己ベストの2時間11分位までは行けると思ったのですが、先頭集団のペースが少しだけ上がったのにすら対応できなくて、ラスト10㎞で失速した感じです」と語る。

 「ペースメーカーが付かないレースも始めてで、過去2回はハーフを63分位で通過するハイペースのレースでした。今回のようなスローペースで進むのは初めての経験でした」と語った。

松尾良一選手

 昨年もシカゴ・マラソンに出場した松尾選手は延岡マラソンやオタワマラソンで優勝している。今年は2時間15分50秒と昨年の2時間18分50秒を3分も縮めた。

松尾選手は左のシンスプリントを痛め、6月初めから1ヶ月半の間、全く走れない時期があった。本格的に走り込んだのは9月に入ってからで、シカゴ・マラソンへの出場も危ぶまれた時があった。しかし、「ともかくシカゴマラソンに出たかったので、しっかりと練習できることをやって来ました。2、3週間で40㎞走も4回やりました。目標は2時間15分前後と思っていたので、ほぼ想定通りのタイムかなぁと思います」と語る。

 今後の抱負について松尾選手は「他のチームの選手と一緒に海外遠征に行くことはないので、松村さんの話しを聞くとすごい練習量で、しっかりと基礎からやっていらっしゃる話を聞いたので、私もそういった所をしっかりと見習って、走り込んで、次ぎのレースに繋げられたらいいかと思っています」と語った。


車椅子マラソン4位

渡辺勝選手

Q:今日のレースは?

渡辺:調子は今ひとつだったので、謙虚に攻めるような走りもできず、我慢の走りを続けました。最後に自分の武器としているスプリント勝負をかけ、先頭のマルセル選手が一人飛び出していたので、第二集団の10人の中の3番目という感じでしたね。

Q:集団になると走りにくいですか?

渡辺:集団の難しさありますが、空気抵抗が影響するので、大きい集団の後ろに入ってしまえば楽に走れますね。

シカゴのコースは?

渡辺:シカゴは始めてですが、路面が凄く悪いですね。こういう所は初めて走りました。アップダウンが少なく集団がばらけにくいコースなので、大人数のままレースが進みましたね。

Q:駆け引きとかも?

渡辺:駆け引きばかりですね。(スタートから)落ち着いたら横に集団が大きくなるんですが、誰かがペースを上げたら縦一列に綺麗に並んだりして、結構面白いと思います。

Q:一列になったら抜けないですか?

渡辺:そういう時はみんな休んでいる状態なので、行こうとする人が少ない。その中で誰かが飛び出したらまた一列になるという形ですね。

Q:どうやって車椅子マラソンを始めたのですか?

渡辺:洞ノ上さんの奨めで始めました。5年目です。
障害は人それぞれなので、動くところは最大限に使わないといけないですね。腹筋背筋も使えないような選手もいれば、僕のように足が少し動く選手もいるので、いろいろカテゴリーは別になるんですけど、動くところを全使える選手というのがやはり強いですね。

Q:足は?

渡辺:僕は車の事故で。2011年の1月ですね。

Q:ショックだったでしょう?

渡辺:そうですね。初めは治るものだと思って気にしてもいなかったんですけど、障害者手帳を申請して、もう治らないと知らされた時には凄くショックでした。
入院中に、洞ノ上選手が同じ病院に薬をもらいに来ていたところにたまたま出会いました。洞ノ上選手も僕も福岡です。

洞ノ上浩太選手

Q:去年もシカゴに出場されていましたね。

洞ノ上:シカゴは3回目か4回目ぐらいですね。

Q:今日の調子は?

洞ノ上:順位は一番悪かったですね。この前にベルリンのレースに出て、それからイリノイ大学シャンペーン校で合宿をして、5日にオタワの10㎞ロードレースに出場したので疲れも溜まっていたという感じですね。

Q:国際的にやられているんですね。

洞ノ上:6大マラソンはいつも出ています。

Q:イリノイ大学で合宿というのは?

洞ノ上:イリノイ大学は車椅子の陸上や、バスケットボールなどが盛んです。強い選手もたくさんいて、一緒にトレーニングさせてもらったりしています。

Q:どんな切っ掛けで車椅子マラソンを?

洞ノ上:ケガをして入院生活が長かったんですよ。それで身体を動かしたいなぁと、最初はテニスやバスケを遊びでやっていました。友人に「車椅子マラソンをやってみませんか」と誘われたのが切っ掛けです。面白さはスピード感、駆け引き、迫力ですね。健常者が見てもスピード感や迫力が伝わると思うんですけど。そういうのが凄く魅力的で、もうマラソン、これだと思いましたね。

Q:何年ぐらいやっているのですか?

洞ノ上:自分は、15年になりますね。2000年にバイク事故でケガをして、2002年に車椅子マラソンの競技を始めました。

Q:その時はショックだったでしょう?

洞ノ上:うーん、そうですね。もう仕事もバリバリやっていたんですけど、車椅子になってその仕事も辞めて、辛い時期はありましたね。
でも競技と出会って夢や目標を持って、ケガする前よりも充実した毎日を送れているので、この競技には凄い感謝してます。
今後はやはり車椅子になった人や、先天的に障害を持つ子達にこう言う競技と出会ってもらって、自分みたいな目標をもったり夢を持ったりして、車椅子でも幸せな人生が送れるって言うところを伝えて行きたいと思います。渡辺その一人なんですよ。そんな感じでどんどんみんなが増えていけばいいなと思いますね。

Q:ありがとうございました。


from right: Kohei Matsumura, Chihiro Miyawaki, and Ryoichi Matsuo


A Wheelchair Athlete Team from Japan