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和人made in Japan展

「和人made in Japan」展が10月5日から27日まで、在シカゴ総領事館広報文化センターで開催されている。会場には日本人4人の個性豊かな作品が展示されている。
出展しているのは小説の表紙絵や挿絵で有名な画家・熊田正男氏、週刊・月刊誌の表紙連載や書籍カバー画で有名な切り絵作家・百鬼丸氏、映像作家・渡部民依氏、そしてシカゴの写真家・真由美レイク氏。この展覧会はレイク氏が発起人となり実現した。

展示場に足を踏み入れると、身の丈を超える、今にも動き出しそうな百鬼丸氏作の切り絵に圧倒される。足を進めれば、表情豊かで心和むような熊田氏の絵が並ぶ。外は雨かと奥に目を移すと、大スクリーンに渡部氏のビデオが流れている。そして身体を右に回すと、黒いフレームの中にレイク氏が描く女性達の姿が浮き上がって来る。

10月17日には展覧会場でレセプションが行われ、百鬼丸氏による切り絵の実演が行われた。また、4人の芸術家と参加者の会話も行われた。

10月17日には展覧会場でレセプションが行われ、百鬼丸氏による切り絵の実演が行われた。また、4人の芸術家と参加者の会話も行われた。
挨拶に立った熊田氏は「今回この展覧会は真由美・レイクさんが機会を作ってくれて実現した」と謝意を表し、「我々ジャンルの違う日本人4人がバリエーションを出して、日本人が作る和を発表し、いわゆるMade in Japan、まさにそのタイトルを付けてそれぞれの作品を発表した」と語った。
この新聞の発行日には展覧会が終わるので残念だが、4人のストーリーを伝えたい。

熊田正男氏

熊田氏は宮部みゆきを始め数多くの小説家の本の表紙絵や挿絵、週刊・月刊誌の表紙絵や挿絵、新聞小説の挿絵など40年以上に亘って素晴らしい作品を作り続けている。

熊田氏は子どもの頃から絵を描くことが好きで、美術館に行ったり風景を見て過ごし、大人になったら絵の仕事に就くイメージを持ち続けていた。
東京デザイナー学院卒業後、デザイン会社、次ぎにCM広告制作会社に勤務。34歳位までにフリーのイラストレーターになろうと計画し、徐々に準備を進めた。
独立はまず営業から。どうせならと一流の出版社にと売り込み、すぐに仕事を取ることができた。

1975年のデビュー早々、朝日小学生新聞の連載、週刊新潮の連載挿画、NHKドラマのタイトル画制作などに作品を提供した。
「挿絵や本の表紙はもの凄くたくさんあります。最初の頃は特に宮部みゆきさんという売れっ子の作家とも一緒組んでやらせてもらいました」と語る。
作家の要望や出版社の紹介で熊田氏との組み合わせが決まる。「あくまで受け身なんですよね、こういう絵の世界はね」と熊田氏は語る。
一旦組み合わせが決まると、書かれた内容を読んでイメージし、ラフスケッチを3案ぐらい作り、作家、出版社の担当者、熊田氏の間で検討する。「私自身が気に入っても、客観的に見るとこっちの方がいいという意見がある。その場合はそっちの方が正しい場合があるんですよ。やはりあくまで一緒に作る、3人が一致しないといいものはできないんですよね」と熊田氏は言う。その中で自分の個性を

出しながら作品を作ってきたのだと話す。

作品を見れば分かるように、熊田氏が描く人間の喜怒哀楽には、言葉が要らないほど人間味に満ちている。「似顔絵もそのままそっくり描くのは技術的には簡単ですが、右から左に移すんじゃなくて、更に一歩踏み込んで、特徴やその人が考えているニュアンスまでを表情として描いた方がいいというのが僕の生き方です」と語った。ウェブサイトはhttp://six007.wixsite.com/kumada

百鬼丸氏

必殺切り絵職人と自称する百鬼丸氏の作品は、書籍カバー画だけでも800冊、週間・月刊誌、新聞連載挿絵を入れると1万点あまりを制作している。
子どもの頃から元々絵が上手かった。だが少年野球で市を代表するピッチャーとなり、美術は眼中になかった。
東洋大学工学部建築学科を卒業して2年後、納得できるキャリアを求めてモデルのマネージャーになった。しかし、物作りの道を歩みたいと、陶芸の道に踏み込んだ。だが、27歳になれば他の人は陶芸家として独立している。自分の能力で付加価値を付けることができるものはないかと模索し、薄い紙状の粘土をカッターで切れば面白い作品ができるのではないかと考えた。このアイディアが切り絵に繋がった。

元々、子どもの頃から版画が得意だった。紙をカッターで切る切り絵を始めると、非常に上達が早かった。それから1年半後、29歳で本の表紙絵でデビューした。マネージャー時代に出版社を回っていたことが幸いし、自分を売り込むことは難しくなかった。以来多くの作品を生み出しながら40年近くの年月が流れた。

「僕は僕なりに自分の役割を考えた時に、僕の特徴は顔の表情の豊かさがあるし、絵の動きも得意。自分にできる事は、切り絵でできることの可能性を追求する『切り絵作家』というポジションに活動の視点を置くことだ」と百鬼丸氏は語る。その中で似顔絵や平面、立体の切り絵、大型の切り絵、切り絵の実演の4つを柱に今後の活動を考察中だという。
しかし、出る釘は打たれる。今までの枠を出ようとすれば、出版社の仕事が来なくなる。「日本にはそういうカルチャーがある」と百鬼丸氏は言う。「人は上昇志向でなければいけないのに、それができないというジレンマがあり、その突破口としてアメリカで活動したい。ニューヨークから出発しようと思っている」と語る。

百鬼丸氏の切り絵を期待している日本人は非常に多いという。だが、日本人は展覧会に行っても絵は買わない。展覧会に行くのは自分を高めるためであり、買っても人に見せて自慢せず、人に見せるようなホームパーティも開かない。「日本人がものを買わない要素はたくさんある」と百鬼丸しは分析する。しかし、絵は売れないと商売にならない。百鬼丸氏の場合は作品を世に出した実績から「高い」というイメージがあり、日本人は値段の交渉さえしようとしないのだという。「僕は実際には高くはないんですよ。アメリカ人ならばギャラ交渉ぐらいはすると思うんですよ」と語った。
ウェブサイトはhttps://takeuch3.wixsite.com/hyakkimaru/about
日本での展示会の様子はhttps://www.youtube.com/watch?v=yDVpG4p948E&feature=youtu.be

渡部民依氏

渡部氏のビデオ作品は「遠い記憶」。渡部氏の母は南北朝時代の三大武将の一人、名和長年の末裔で、長年が後醍醐天皇を助けたことから帆掛け船の家紋を授かり、代々家に伝わっていた。
1336年に長年が討死すると一族は四散し、母の先祖は長野県伊那市藤沢に落ち延びた。そこには大名が宿泊する本陣「越後屋」があり、母の先祖によって運営されて来た。現在残る越後屋は明治初期に建てられたもので、母はそこで生まれた。
渡部氏は子どもの頃に越後屋を訪れたことがあり、50年ぶりに再訪した。現在は渡部氏のいとこによって管理されている。
渡部氏は遠い記憶を辿りながら、越後屋への道、襖が並ぶ廊下や丸窓のある座敷など、古い家の趣、裏山に立つ苔むした墓などを10分間のビデオ作品に収めた。古びた木造の家を打つ、雨足が見えるような雨も、栄華の後の静けさを引き立たせている。この家には30年ほど人が住んでいないのだという。

渡部さんは50代の頃、夫と2人で映像の会社を創設する計画を立て、渡部さんは映像制作の学校に入り勉強していた。だが夫が倒れ、50代で早逝した。
意気消沈した渡部さんは苦しんだが、夫がやりたかった作品作りに徹しようと立ち直り、ニューヨークに5年間、毎年3ヶ月から6ヶ月滞在し写真や映像について学んだ。以後世田谷美術館で作品展を開くなどし、作品作りを続けている。
ウェブサイトはhttp://six007.wix.com/tamii

真由美・レイク氏

レイク氏はシカゴ美術大学の職員で、同大学の写真科でも教えている。レイク氏はマイケル・ジャクソンの急逝で有名になるという想定外の出来事があった。
ジャクソン氏の死後、同氏のベッドルームからレイク氏の写真集が発見され、その中のページから当時問題になっていた13歳の少年の指紋が見つかったことから、証拠品として押収された。
大学の生徒からその写真集がコートTVに出ていたと知らされたレイク氏が、自分のウェブサイトを見てみるとアクセス・カウンターが振り切れていた。興味を持った人達が検索をしてアクセスしたものだった。
ジャクソン氏は写真集を集めていたようで、レイク氏の本もその中の一冊だった。サンディエゴ警察が脇の写真をいかがわしい写真と見間違えて少年誘惑の証拠の一つとして押収したが、間違いに気付いて取り下げたという。

レイク氏はニューヨークで初の個展を開く直前で、その事件は良いプロモーションとなった。「彼は(私の写真集を)アートとして認めてくれたらしいんですよ。ただ私の作品は買ってくれなかったんです。でも、その後に作品が全部売れたんですよね」とレイク氏は頬を崩した。

和人展でのレイク氏の作品は西洋人から見た「日本女性のステレオタイプ」を表している。セーラー服を着た女子高校生、広島原爆投下直後の女性、着物を着た女性はどの様な固定概念で見られているのか、レイク氏の写真を見れば頷けるだろう。

レイク氏のもう一つのテーマは2011年の東日本大震災。「その日のショックがもの凄く大きくて、私の故郷がなくなるという感じが忘れられなくて生きた心地がしない。その感じが何年か抜けなかった」と話す。それから「家がなくなると言う事は何だろうと」考え、故意に映画の終わりのようなシーンをたくさん作り、心の準備をしよう、立ち向かおうと作品を作ったのだという。
レイク氏のウェブサイトはhttp://mayumilake.com


和人展に展示された百鬼丸氏の切り絵



作品の前に立つ画家・熊田正男氏



切り絵を実演する百鬼丸氏



渡部民依氏


渡部氏のビデオ「遠い記憶」に収められた
名和長年の流れをくむ越後屋



名和長年が後醍醐天皇から授かった家紋



写真家・真由美レイク氏