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日本経済セミナー:
「保護主義の台頭と日本のアジア太平洋通商戦略」

• 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科長で教授の浦田秀次郎氏による経済セミナー「保護主義の台頭と日本のアジア太平洋通商戦略」が2月7日、アーリントンハイツにあるダブルツリー・ホテルで開催された。シカゴ日本商工会議所(JCCC)と在シカゴ総領事館の共済によるもので、同日午前中にはシカゴ日米協会と総領事館の共催で、シカゴ市内で英語による同氏のセミナーが行われた。

• 浦田氏は、世界経済は比較的順調に推移しており、WTOの一つの重要な役割である貿易の自由化は殆ど進んでいない現状だが、国々の間でFTA(自由貿易協定)が多く構築されるようになったという。その様な状況の中で、保護主義が台頭しつつあると指摘する。
• 日本経済も回復基調にあるが、成長率は低く消費も拡大しない。また、人口問題、構造問題などを抱えている。
• 日本経済を復活・成長させるためには、成長率の高い国々との関係を貿易・投資を通じて深めていくのが望ましい戦略だと浦田氏は語る。東アジア諸国の成長率は高い。これらの国々と貿易協定を結ぶことで、日本は経済成長を遂げると共に、貿易相手国の経済成長にも貢献できる。
• 保護主義が台頭して来る中で、日本のアジア太平洋通商戦略を考えてみるのが同経済セミナーの主旨だった。

【保護主義の台頭】

• 保護主義を象徴する出来事として、英国のEU離脱や米国のTPP離脱がある。
• 貿易が自由化、或いは保護主義化されているかどうかの判断の一つに、関税率の推移がある。
• 先進諸国の関税率が、1980年代からずっと下がってきている。平均関税率5%は、かなり低い。発展途上国の関税率も20%から10%以下まで削減されている。関税率だけで見れば自由化が順調に進んでいる。

• しかし、問題は非関税障壁。貿易を妨げる処置が多くとられるようになっている。
• 特徴的なものとして、セイフガード、アンチダンピング(多くの場合は保護主義の隠れ蓑になっている)、一時的な貿易障壁、技術的貿易障害、SPS(衛生上の措置)などの関税以外の手段を使って、貿易を抑制する動きが高まっている。

【所得格差拡大】

• 保護貿易主義の背景には、多くの国々で起きている所得格差の拡大がある。米国の総所得に占める上位1%の人々の所得割合を見ると、1970年頃は7~8%ほどだったが、近年では24%に膨らんでいる。日本の同比率はそれ程高くないが、過去に比べれば格差は広がっている。
• 所得格差によって被害を受けている人々は、原因の一つが輸入拡大、グローバル化ではないかという議論をする。その人達が政治力を持つようになり、保護主義を求めるようになる。これがトランプ大統領選出の一因と言われている。

• 経済学者らは所得格差について様々な研究をしており、より重要な要因を技術進歩と考えている。技術進歩により単純労働者を必要としない状況が生まれ、単純労働者の所得は上がらず格差が拡大していく。
• 技術進歩はグローバル化にも起因する。グローバル化で競争が激化し、勝つために技術が進歩する。
• 高所得者に有利な税制度も所得格差拡大の一因と考えられる。

【保護主義の貿易への影響】

• 第二次世界大戦後、世界の貿易は飛躍的に拡大し、生産よりも貿易の方が高い伸び率を示していた。貿易による各国間の経済関係が拡大し、グローバル化が経済成長を推進して来た。
• しかし、2014年から2016年までの3年間は、貿易が生産の伸び率を下回った。このスロー・トレイドの原因の一つに保護主義の台頭が上げられている。
• 最近の特徴として、貿易の伸びが低くなっている。これが長期間に亘って続けば、問題だと浦田氏は指摘する。

• 1920年代から1930年代にかけて関税率が上昇し、その結果世界の貿易が大きく低下した。1929年には大恐慌が起きた。図1(21面を参照)を見ると、世界の貿易がどんどん縮小する様子が分かる。
• 世界の貿易が縮小すると、何が起きたのか?

• 貿易縮小につれて生産も縮小する。その様な状況下で日本やドイツもそうだが、各国は自国の商品販売市場を求めて海外に侵攻した。それが第二次世界大戦の原因の一つになったと言われている。
• その経験を教訓として、貿易縮小を回避するために貿易の自由化を進めるGATT(関税貿易一般協定)ができた。それが整備される形で1995年にWTO(世界貿易機関)ができた。

• 浦田氏は、保護主義は世界経済にとって非常に悪い影響を及ぼす可能性があるから避けなければならないと語る。

【揺れる世界貿易体制:FTAの拡大】

• 世界貿易の自由化を推進し、貿易の拡大、経済の成長に貢献してきたGATT・WTOによって支えられてきた世界貿易体制が機能低下に陥っている。WTOの下での行われた多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド、DDA)は挫折した。

• しかし、自由貿易に関心がある国々は、同じような関心を持つ国々の間で自由貿易協定を結んでいる。日本は2002年にシンガポールと初めてのFTAを結んだ。米国は1985年のイスラエルとFTAを皮切りにNAFTAなど多くの貿易協定を結んだ。このようにFTAが多くの国々によって構築されるようになった。

• 最近では多くの国が参加するTPPの様なメガFTAが交渉されるようになった。
• プルリ交渉はテーマを絞って、そのテーマに関心がある国が交渉に参加し、協定をまとめるもの。様々な形で貿易、経済の自由化は進んでいる。

• 世界において1990年前後から貿易協定の数が飛躍的に伸びている。累計では約650、現在活動中の協定は約450ある。これぐらい地域統合という枠組みが進んでいる。
• 二カ国間FTAから多国間協定のメガFTAへ発展している。3月8日に署名されるTPP11もその一つ。アジアではASEANに日本、中国、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランドの6ヶ国を含めたRCEP(東アジア地域包括的経済連携)が注目されるも、中国とは自由化したくないというインドの問題もある。TTIP(環大西洋貿易投資パートナーシップ)も検討されている。

【日本経済の現状と構造問題】

• 日本経済は回復してきているが、経済成長率は1%前後と低い。世界経済が順調に推移し、日本の輸出も伸びているが、国内では人口減少・高齢化などで経済の将来性が不透明であることから、消費や投資の低迷が続いている。
• 日本の債務の膨張も懸念の一つ。また、閉鎖的な日本市場も障害となる。ヒト・モノ・カネによる国際移動が進展する中で、日本ではグローバル化のメリットが活用されていない。特に海外から日本への直接投資水準は低い。

• 経済成長するには①労働投入の拡大、②投資の拡大、③生産性の向上のどれかが必要。
• 労働力を増加させるには移民の受け入れが必要となる。日本の人口は2050年を待たずして1億人を切ると予測されている。

• 投資の拡大には海外からの直接投資が必要。国内の貯蓄が充分であれば資本に回る可能性があるが、高齢化に伴って貯蓄率が急速に低下している。政府債務が急進したため、経済活動に貢献できる政府支出が縮小している。

• 日本の労働生産性は、OECD諸国35カ国のうちの21番目まで落ちている。改善するには資源を最大活用するという競争環境が必要となる。
• 生産性を上げるには、日本が持っている強い産業を伸ばし、弱い部門は縮小させる。それが全体的な生産性の向上に貢献する。このようなメカニズムを稼働させるには、競争市場を開放し、国内で様々な分野の構造改革を実践することが必要になる。

【日本のアジア太平洋通商戦略】

• 日本の経済成長率を上げるためには生産性の高い地域との関係を関係を強化することが重要。それはアジア太平洋、特に東アジア。

• 東アジアに高成長をもたらした重要な要因は貿易と投資の拡大。東アジアの興味深い動きは、生産ネットワークであるグローバル・バリュー・チェーンが張り巡らされていること。
• グローバル・バリュー・チェーンとは、例えば米国にある本社がメキシコの子会社に部品を輸出し、子会社で作られた完成品を本社が輸入し、米国の消費者に販売すること。

• 日本企業を中心とした多国籍企業が東アジアでフラグメンテーション戦力を実施することで、生産ネットワークが形成されている。それに組み込まれた国々が経済成長を遂げている。東アジアの特徴として貿易と投資のGDP比率が上がって来ている。

• 東アジアでは、企業が一つの生産工程を多くの生産工程に分割して、その生産工程を最も効率的にできる国に配置するという戦略を実践している。細分化する形で生産ネットワークが形成される。
• 生産ネットワークによって、国々への技術の移転も行われる。企業は効率的な調達、販売をすることができる。これが世界の経済成長に貢献している。

• この様な生産ネットワーク形成の切っ掛けとなったのは1985年のプラザ合意。これにより円高となり、日本での生産が不利になった日本企業は東南アジアに子会社を作った。生産工程を分割し、東アジアの国々に工程を分散させるフラグメンテーション戦略をとった。これにより貿易自由化が進み、多国籍企業によるフラグメンテーション戦略がとり易くなり、それが東アジアでの経済成長の非常に大きな要因になった。

• 2000年以降、東アジアでFTAによる地域統合が進んでいる。これには特にASEANが重要な役割の一つを果たしている。東アジアでは1993年に初めての主要なFTAであるASEAN自由貿易地域が発効した。中国ASEAN FTAが構築され、その後ASEAN日本、ASEAN韓国、ASEANインド、ASEANオーストラリア・ニュージーランドと、現在5つのASEAN+oneが活動している。前記のRCEP、FTAAP、日中韓FTAも交渉が行われており、TPP11は署名が決まっている。
• アジア太平洋地域における地域統合は、Free Trade Area of Asia Pacific(環太平洋自由貿易圏)という構想目的がある。アメリカと中国が関心を持ち、実現の可能性について研究している。

【TPP11の意義】

• TPPは高水準で、貿易や投資の自由化も高く、今までになかったようなルールを入れている。電子商取り引き、国有企業の規律、政府調達、環境、労働、中小企業、競争、規制の整合性などのルールを設定している。
• TPPには国有事業を優遇してはいけないというルールがあり、民間企業にとってビジネスし易い環境、公平な競争ができる環境が整備されている。

• 米国抜きのTPP11の重要性を疑問視する意見もあるが、11だけで留まるのではなく、TPPに関心を持つ5つの国々、韓国、タイ、インドネシア、フィリピン、台湾が加入すれば、日本の国民所得引き上げ率も高くなる。
• 更に多くの国を勧誘するためにもTPP11を作っておく必要がある。ハイレベルで包括的であるため、他のTPPのモデルになり得るところが重要なポイント。
• 米国がTPPに戻る時のためにもTPP11を作っておく必要性がある。トランプ大統領がダボスで可能性に言及している。
• 何と言っても世界で台頭している保護主義への動きに対抗する一つの重要な手段はFTAを作ることであり、そのためにもTPP11は重要となる。

【最後に】

• 日本経済の復活、本格的な経済成長を実現するためにも、日本との経済関係が大きなアジア太平洋地域の経済成長を推進するためにも、FTAが重要な役割を果たし、そのために特にTPP、RCEPというメガFTAが重要となる。
• 日本は上記の実現に向けて、積極的に行動すべきであり、実際にTPP11では非常に積極的に行動し成功している。
• 21の国・地域が参加しているAPEC(アジア太平洋経済協力)を積極的に使うことも大切となる。
• 日本国内に関しては、構造改革が必要となる。農業のすべての部門の競争力が弱いわけではなく、強い所は伸ばし、弱いところは縮小させることを考えなければいけない。その場合には損害を受ける人々に対しては所得補填、人的能力を高めるための教育を政府が提供することが不可欠となる。これが実現すれば、生産性が高い日本となる。


浦田秀次郎教授、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科長