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歴史の教訓は今生かされているか?
2018デイ・オブ・リメンブランス、重い疑問

トランプ政権により分断が深まる中、「歴史を繰り返すな」をテーマに掲げ、約12万人の日系人強制収容を可能にした大統領命令9066を忘れまいとする行事「2018デイ・オブ・リメンブランス」が2月18日、シカゴ歴史博物館で開催された。

同イベントは、戦時下における市民権のもろさと、自由と権利を護るための「寝ずの番」の重要性を忘れないために毎年行われている。

 1941年12月7日(日本は8日)の日本帝国軍による真珠湾攻撃後、米国では日系人に対する差別や嫌悪が急速に高まり、国家安全という名目の元に日系人排斥への動きが急進した。日本帝国軍による米国西海岸への攻撃がまことしやかに囁かれる中、軍部の奨めによりフランクリン・ルーズベルト大統領は大統領命令9066に署名した。 

大統領命令9066とは「戦争を成功裏に進めるためには、国防施設及び国防重要地域が如何なるスパイ行為や妨害行為から保護される必要がある」というもので、これにより日系人の強制立ち退き・収容が実行された。

今年はシカゴ歴史博物館のプレジデント、ゲイリー・ジョンソン氏が司会を務めた。また、エマニュエル・シカゴ市長の「2018年2月18日をシカゴのデイ・オブ・リメンブランスの日とし、アメリカ史の騒然とした時期における日系人の苦難と勇気、日系コミュニティの離散について認識し、シカゴ市民が共に立ち上がることを促する」という宣言書を、モナ・ノリエガ氏(シカゴ人権委員会委員)が代理として読み上げた。

 同宣言書には、①12万人の強制収容が実施されたこと、②FBIと海軍諜報部が、日系コミュニティが米国にとって驚異的存在ではなく、不正行為容疑は皆無だと報告していること、③日系人が任意で米軍に入隊したこと、④1988年にレーガン大統領がシビル・リバティ法に署名し、9066は国家安全という名目では正当化されず、強制収容は深刻な不正行為だったことが明らかになった、ということが謳われている。

 キーノート・スピーカーのデイル・ミナミ弁護士は、重病者や新生児を含む強制収容で12万の日系人が投獄され、全米の荒れ地10カ所に急普請された収容所に押し込められたと述べ、適切な医療を受けられずに死産となった赤ん坊の墓標の痛ましさを語った。

 ミナミ氏は日系人が失ったものは財産だけではなく、仕事、家庭、ペット、そして人間としての尊厳まで奪い取られたと語った。

ミナミ氏は1945年生まれ。ロー・スクール時代に、強制収容を拒否したコレマツ氏対アメリカ合衆国のコレマツ裁判を知り、その後コレマツ裁判に深く関わった。

ミナミ氏は、日系人だけでなく、すべてのアメリカ人が忘れてはならないのは、三権分立に機能障害が起きたことだと指摘する。

 ミナミ氏は、日系人だけでなく、すべてのアメリカ人が忘れてはならないのは、三権分立に機能障害が起きたことだと指摘する。

 大統領が大統領命令9066を発令し、議会はそれを支持する法律を通した。それを審査する連邦最高裁は大統領の権力に委ねた。その結果が市民権の大惨事だったとミナミ氏は言う。

 それに立ち上がったのがコレマツ氏、ヒラバヤシ氏、ヤスイ氏の3人だった。各々は、一つの人種グループを法の適正手続きなしで、根こそぎ投獄するのは人種差別であり、憲法に違反すると訴えた。この時、日系人のスパイ行為や妨害行為に関する証拠は皆無だった。

 存在するのは、日系人は忠実、何を考えているのか分からないから危険だという米政府関係者らの偏見によるでっち上げのみだった。最高裁は政府の主張を吟味することなく受け入れた。

 かくして裁判は、強制収容は国家安全の観点から合憲であったと裁決した。
1982年、アイコ・ヨシナガ氏が発見した証拠により、政府のコレマツ、ヒラバヤシ、ヤスイに対する容疑は虚偽であることが証明された。また、政府の法律家達も虚偽を知りながら、強制収容を正当化するために最高裁に虚偽の進言を続けていたことも証明された。

 公文書は「日系人は不忠実ではなく、全員の強制収容は必要ない。日系人は個々の忠誠ヒアリングで識別できた」と結論づけていた。

 日系人強制収容を率先したジョン・デュウィット西部防衛コマンド総司令官は、日系人排斥を望む非常に人種差別的な人物だった。

 アイコ・ヨシナガ氏が発見した書類によると、デュウィット総司令官が提出した最終報告書には「日系人の中から忠実な者と不忠な者を選別する時間がない」と書かれており、これが最高裁のバイブルとなった。最終報告書の前段階の書類でデュウィット氏は「時間の問題ではなく、役立たずを一網打尽にすることだ」と書いていることも分かった。

 強制収容を実現させたデュウィット総司令官は後日、1943年に日系人に収容所を出ることができる許可証が発行された時、「ジャップはジャップ。紙切れ一枚で変わらない」と言い放っている。

 ヨシナガ氏による書類発見により、裁判は180度転換することになった。

 連邦検察官らがコレマツやヒラバヤシ裁判で調査した際に書いた上官へのメモも重要な発見だった。メモには、意図的に仕組まれた日系収容について最高裁に報告しなければ、証拠隠蔽になると書いてあった。 

ミナミ氏らは最高裁の判決から約40年後の1983年、有罪判決の覆しを求めた。コレマツ氏の最初の裁判が行われた北カリフォルニア州連邦地裁のマリリン・ホール・パテル判事はコレマツ氏の有罪判決を無効とした。

2011年に司法省は、当時の訴訟長官の強制収容政策の非を公式に認めたが、最高裁の記録は書き換えられていない。

 1988年、レーガン大統領がシビル・リバティ法に署名し、米政府は日系人に公式に謝罪した。そして、強制収容を被った生存者約8万2,000人に、1人当たり2万ドルの補償金が支払われた。

 ミナミ氏は、強制収容は日系人だけの問題ではなく、憲法や市民権の保護はアメリカ人全体の問題になっていると指摘する。

 強制収容が実際に起きたことを知らないアメリカ人も多い。だが歴史は繰り返されている。トランプ政権はモスレム圏の7カ国からの入国を禁じる政策を出した。そこには「モスレムは一般社会に溶け込めない」という偏見があり、「ジャップはジャップで溶け込めない」という同じ事が繰り返されているとミナミ氏は語る。

 ミナミ氏は「人々は歴史を理解するが、人間が本当の人間である事実を理解していない。大事なことは他人の気持ちを理解することだ」と語る。トランプ氏が選挙運動で繰り返していた「戦時中だった。誰にとっても悪い時だった。日系人だけでなく我々はみんな苦しんでいた」という言葉を聞けば、人間としての問題、日系人に対する感情的な配慮に欠けているのが分かる。

 ミナミ氏はコレマツ裁判、ヒラバヤシ裁判の映画や劇、日系二世部隊によるアメリカ勝利への貢献など、メディアによる広報努力、教育施設による教育活動が必要だと語った。

デイ・オブ・リメンブランス後半では、デイル・ミナミ氏とアザム・ニザムディン氏(モスレム弁護士協会プレジデント)によるディスカッションが行われた。モデレーターはゲイリー・ジョンソン氏。

 ニザムディン氏によると、2001年の9/11事件以後、モスレムは国家安全問題の対象の一つになった。モスレム社会では、ニザムディン氏が教会のスピーカーとして呼ばれるようになった。その理由は、政府もメディアも信頼できないと言う事だった。

 2015年になって、9歳の娘から「この国から出て行かなければいけないの?」と聞かれた。その質問は、トランプ氏のキャンペーンで恐れを感じたものだった。それを切っ掛けに、ニザムディン氏は人権保護活動に再度乗り出したという。

 ミナミ氏は歴史を見れば、戦時中に2回に亘り、裁判所が沈黙した事があると指摘する。第二次世界大戦は終わったが、テロリズムとの戦いなど、戦争は終わることがなく、国家安全のために市民権が侵害されることはあり得るという。

 ニザムディン氏は、モスレムがターゲットにされる理由として2点をあげる。

 一つはスーパーパワーを持つ米国のモスレムに対する見方。米国にもヨーロッパにも人民の利益や不安を利用して大衆動員する政治主義「ポピュリズム」が入って来ていること。もう一つは同一人種を好み少数派を排斥するホモジニアスの台頭。米国より南にある国々にあるモスレム圏からの移民流入を特に問題視している。これは国家安全よりも差別心が大きく影響していると同氏は語る。

 ニザムディン氏によると、モスレムは1400年前に世界に拡がり、現在は約15億人いる。モスレムは中東だけでなく、インドには2億人が住み、東南アジア、南米など広範囲に住んでいる。モスレムの精神を持つ人口は世界で2番目に大きい。15億人の同じ宗教精神を持つ人がいれば、そこには価値が存在するという。

 歴史的に見れば、かつてモスレムとキリスト教徒は共に上手くやっていたとニザムディン氏は話す。そして「政策的なイデオロギーや国家主義から離れた、正確な歴史の学習が必須だ」と語った。

 最後にミナミ氏は、米国には1800年代の中国人に対する差別、それから日系人、原住民、ラティノ、黒人、そして今はモスレムと、民主主義の価値を低下させるところがあったと語る。日系人がやった重要なことは、教育により日系人を理解し、支持してもらうようにと努力したことだと語る。

 そして、「(主流社会に)溶け込み、自分たちを理解してもらうよう努力し、民主主義を強めるために彼らに合流しよう」とミナミ氏は語った




左より、アザム・ニザムディン氏、デイル・ミナミ氏、ゲイリー・ジョンソン氏


法悦太鼓によるパフォーマンス