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スペシャル・オリンピクス創設50周年

知的障害のある人とない人が一緒に戦う
ユニファイド・サッカー・カップ開催

• シカゴ発祥のスペシャル・オリンピクス50周年を記念して、知的障害のある選手と障害のない選手がチームを組んでサッカー・ゲームを競う「ユニファイド・カップ」が7月17日から20日まで、シカゴ北部にあるトヨタ・パークで開催された。ユニファイド・カップが開催されるのは初めてのことで、20カ国から選手団が集まった。日本からは福島の男子サッカーチームが参加した。

• スペシャル・オリンピクス(SO)50周年の祝賀と日本選手団の歓迎の意を込めて、レセプションが7月18日、総領事公邸で行われ、日本選手団の他、SOの創設者であるユニス・ケネディ・シュライヴァー氏、ティモシー・シュライヴァーSO国際本部会長、三井嬉子SO日本会長、小島一美SO日本常務理事、グローバル・アンバサダーの中田英寿氏、ドリーム・サポーターの森理世氏、シンガーソング・ライターの小橋 照彦氏、ユニファイド・カップのスポンサーとなったトヨタの山岡正博氏、その他SO関係者らが出席した。

• 日本チームは17日にイタリア・チームと戦い、引き分けとなった。また、18日にはジャマイカ・チームと戦い、4対1で敗れた。選手達は「相手が強い!」、「僕たちは全然相手にならなかった」などと口々に語った。一点を入れたくろば・ひかる君は「ジャマイカはメチャメチャ強かった。(身体が)デカいし、速いし、とても大変でした。一点を返して、その後切り替えて行こうと思って、メチャメチャ嬉しかったです」と語った。

• 日本選手団は16人で、障害を持つ選手と持たない選手数は半々。前者をアスリートと呼び、後者をパートナーと呼ぶ。

• アスリート選手達はそれぞれ、配送の仕事、時計の研磨職人、ホテルの清掃、スーパー、老人ホーム等で働いている。また、養成学校で職業訓練を受けている生徒もいる。パートナー選手達はトヨタのエンジニアやセールスマン、消防士を目指す人などがいる。

• 選手団の健康管理のために同行して来た医師の藤井秀則氏は「今日試合に負けて、一人泣いているアスリートがいました。彼をパートナーがなだめていたんですけど、昨日対戦して引き分けだったイタリアの選手が来て、『イタリアは今日5対0で負けたのに』と国を越えてアスリートを慰めているシーンがありました。そういったアスリートとパートナーの友情が、こう言う国際大会で世界に広がるというシーンを見て感動しました」と語った。

• 前日に日本とイタリア戦を観戦した伊藤直樹・在シカゴ総領事は「闘志溢れる試合、そして、スポーツを通じて障害がある方、ない方の繋がりが良くなる貴重な機会を直に拝見した」と述べ、「今回のユニファイド・カップの開催が、シカゴと日本の友好関係をより強くすることを期待している。皆さんが参加したことで、日本に於けるSOユニファイド・カップへの理解が益々高まっていくことを期待したい」と語った。

• 三井嬉子SO日本会長は「知的障害者の方達を理解する人が少なかった50年前に、勇気ある一人の女性、ユニス・ケネディ・シュライヴァー氏が彼らの可能性を心から信じて、スペシャル・オリンピクスを立ち上げました」とSO創設の意義を説明、「現在170の国と地域が参加し、何百万というアスリートがこの活動に参加をしていることが、シュライヴァー氏の正しさを証明している」と語った。
• また、福島では51年前に、知的障害のある人達のために病院だけでなく学校を作り、彼らに生活の場を提供したあさか病院の佐久間有寿氏がいた。その息子の佐久間啓氏が現在、SO福島の会長をしていると、日本でも51年前に知的障害のある人達を理解し行動を起こした人があった事を紹介した。

• 3年をかけてユニファイド・カップを準備して来たというティモシー・シュライバーSO国際本部会長は「今日の試合は思い通りに行かなかったかも知れないが、これは戦いの世界でもある。試合を通じてスキルを高め合い発展するというプロセスがある。みなさんがその競争の場にいたと言う事が大事」だと選手を激励した。
• また、スポンサーを務めたトヨタに謝意を表し「トヨタのみなさんは改善という言葉を世界に広げたリーダーでもある。まさに努力を続ける、少しずつ継続して高めて行くことによって、状況を変えて行こうと言う思いが詰まった言葉だ」と述べ、「歴史上で初めて行われた第一回ユニファイド・カップに、歴史を作ったその瞬間に皆さんは立ち会った。家族、地元、国にまさに誇りを与えている。皆さんはSOの改善というメッセージを伝えるアンバサダーでもある」とこれからの選手団の活動を励ました。

• シンガーソングライターでロックバンド・GLAYのボーカリスト小橋 照彦氏がSO選手の応援ソング「Your Song」を作詞作曲した。今回のユニファイド・カップにも応援に駆け付け、レセプションでその歌を紹介した。小橋氏は「応援する人の思いを代弁できるようなそんな曲に仕上がったと思います」と語った。

三井嬉子SO日本会長インタビュー

Q:SO日本を1994年に立ち上げられたと聞いています。

• 三井:立ち上げたのは細川護熙元首相の夫人で細川佳代子さんです。私はそれをサポートしただけで、25 年前から一緒に走ってきました。

Q:当時は知的障害のある人達への理解は少なかったのでは?

• 三井:ファンドレイジングは本当に難しくて、細川さんのお名前と力で資金集めをして頂いたのが現状ですね。
• 行政でも、寄付で賄うような組織は続かないと、全然理解はなかったですね。

Q:行政にはどんな問題があったのですか?

• 三井:行政でもやっていらっしゃったんですが、知的障害者のご家族や関係者だけでやっているので、一般の方との接点がないんです。そこがどうしても知的障害者の人達への理解が進まない壁だったと思っているので、全く素人の主婦達が集まって始めた活動なんです。

Q:知的障害者の人達と身近に触れ合って、どう感じられました?

• 三井:彼らの魂のレベルは、私達のように駆け引きを考えたり、損得を考えたりするレベルよりもずっと上にあるんだと思いました。
• 彼らは何か始めたら絶対に諦めませんしね。それが障害だと言われるんですよ。こだわりがあるから、一度始めたことは絶対にやめられないって言われるんですけど、それだからこそ機会をあげれば彼らはちゃんと学んで行くんです。時間がかかるから、待って上げればちゃんと身につけて行く人達なんです。

Q:約四半世紀経って、一般の理解は進みましたか?

• 三井:もの凄く。私は本当に良い意味で世の中は変わって来たなと思いますね。
• 行政も、企業も、一般の人も、知的障害があろうと身体障害があろうと、当たり前のこととして受け入れる、そう言う社会になって来ているので、凄く変わったと思います。

Q:ありがとうございました


福島からスペシャル・オリンピクスに参加した男子サッカーチームと関係者。在シカゴ総領事館公邸の
レセプションで