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いつも新しい顔がある
2018日本・日系合同ピクニック

• 日本人と日系人の交流促進を目指し、日本・日系コミュニティの合同ピクニックが8月4日にナイルズにあるバンカー・ヒル保護森林で行われた。日系コミュニティ・ピクニックは何十年もの間、闘魂柔道のホストで開催されていたが、第二次世界大戦後に米国にやって来た新一世と呼ばれる日本人とその家族、戦前に米国に移住し米国人となった日系人とその子孫が親しく話せる場所を持とうと、2014年に初めて合同ピクニックが開催された。以来5回目の合同ピクニックとなる。

• テーブルには各自が持ち寄ったいろいろな料理が並び、闘魂柔道が用意してくれた豚の丸焼き、ハンバーガーやホットドッグ、焼きトウモロコシなどが香ばしい匂いで食欲を誘った。JCCCでは大型の鉄板を設置し、焼きそば、スパゲティ・ナポリタン、餃子などを焼いて振る舞った。

• 当日は華氏100 度の暑さ。シカゴ日本人会では大型クーラーに氷を用意し、抹茶、練乳、ミント、オレンジなど、色とりどりのかき氷を提供した。

• 大型テントには多くのテーブルと椅子が設置され、家族連れや友人グループなど、いろいろな人達がご馳走を楽しんだ。また、木陰にはアウトドア用の椅子を出し、食べて飲んで午後のひと時をくつろぐグループがいくつもあった。

• オーディオ・テントの下ではスター・トラックス・シカゴのボブ・フォーティックさんとグレッグ・アンソニーさんによる歌や音楽が流れ、ダンスを楽しむ人達も会った。また、好みの音楽をリクエストして、カラオケを歌う人達もあった。
• 人気を呼んだのは、マサコさんらによるフェイス・ペインティング。ミニーマウスやスパイダーマン、ガイコツなどを顔に描いてもらい、喜んで歩き回る子どもや大人も多かった。
• 芝地では乗馬やバレーボール、ゲームなどが行われ、大人も子どもも楽しめるピクニックだった。

• シカゴ定住者会(Japanese American Service Committee) のCEO マイケル・タカダ氏によると、日系人ピクニックがいつ始まったのか正確には分からないが、おそらくシカゴに移住して来た日系人のコミュニティが形成された1946 年から、その後間もなく始まったと思われると語る。「それからずっと続いているが、何事も浮き沈みがあるでしょう」と話す。

• タカダ氏は1960 年代、子どもの頃に一度だけピクニックに来た思い出があるが、その後は長く来なかった。「個人的な感覚だが、少なくとも当時のシカゴ日系コミュニティには、日系人が固まらずに、一般社会の一部になろうとする風潮があった。みんな離れた場所に住むようになり、ピクニックは旧友との再会の場となったこともあるだろう」と話す。

• 年月が経ち、日系社会では定住者会、市民協会、シカゴ日系人評議会など、各々の組織でピクニックを開催するようになった。一方、闘魂柔道ではピクニックを開催し続け、常にみんなの参加を呼び掛けて来た。
• 更に年月が経ち、日系組織は小グループよりも大きなグループでピクニックをやろうと、各組織で費用を出し合い、日系人合同のピクニックを開催するようになったという。更に2014年から日本・日系合同ピクニックへと大きくなった。

• タカダ氏は「今は非常にポジティブなアップ・サイクルの時になっている」という。「見渡すと初めて会う人達がたくさんいて、いつも同じ顔じゃない。だから新しい人に出会う場所となっている。このピクニックは出会いの場となった良い例ですよ。このプログラムが年々大きくなっているからですね」とタカダ氏は語った


持ち寄りの美味しそうな食べ物がいっぱい


JCCC による焼きそばや餃子のサービス


シカゴ日本人会によるかき氷サービス


マサコさんによるフェイス・ペインティングのサービス