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太鼓レガシー15、リダクション6
伝統芸能とアバンギャルドの交錯を模索

• 祭りやお座敷で演奏されて来た日本の伝統である和太鼓演奏を新しいレベルに引き上げる試みを続けてきた司太鼓の22年に亘るジャーニー。その成果を毎年披露する「太鼓レガシー15」と、現代音楽とのコラボレーションを試みる「リダクション6」が、シカゴ現代博物館で12月8日と9日の両日開催された。
• 最初に行われたのは8日の「リダクション6」。新しい試みを牽引してきたタツ・青木氏が還暦を迎え、日本の伝統芸能とアバンギャルドが交差する一つの節目となるステージとなった。
• 今日の米国で人気を博するようになったエネルギッシュな和太鼓演奏は、日系アメリカ人の創意工夫により発展して行った。司太鼓の試みの一つは、その和太鼓演奏に能や歌舞伎、お座敷芸などのエレガントな芸能の要素を加味していくことだと青木氏はプログラムの中で説明している。

• 「リダクション6」は小太鼓、鼓、三味線による「洗い場」で始まった。静かなサウンドだが間合いによってそのサウンドが残像のように耳に鳴り響くような、奇妙な空間があった。そこにドラムセットが加わり、勇壮な武将・武田信玄を描く「甲斐残影」を日本舞踊の藤間秀之丞師が披露した。
• ステージの合間には長唄を専門とする三味線師匠・杵屋千鶴師の三味線と、ムワタ・ボーデン氏、エドワード・ウィルカーソン氏などの西洋楽器とのコラボレーションが繰り返された。
• チンチン、ドンドンという鐘と小太鼓の音がすれば、チンドン屋。東京のチンドン屋パフォーマー嶋崎靖氏が再来し、チンドンサウンドと和太鼓のコラボレーションをステージに繰り広げた。
• ステージには静と動が常にある。元々ベイシストのタツ青木氏がベースを演奏、その横で3人の女性が優雅な動きで和太鼓を打ち、美しいステージを見せてくれた。
• 組太鼓と藤間淑之丞師によるパフォーマンスにボーデン氏らの西洋楽器が加わり、最後は永弦・青木氏の和太鼓セットと3つのドラムセットによる和洋打楽器のコラボレーションが繰り広げられた。
• リダクション6の演目は「洗い場」、「パシリ」、「ESL」、「遊」、「還暦祝い」。9日に行われた太鼓レガシー15では、「パシリ」、「玉」、「畑くん」、「柳町」、「絡み」、「大太鼓」、「泉大八」、「一場」、「道産子」、「元値」が演奏された。

• リダクション6のステージを終えたタツ・青木氏は「番組は好きな事をやったので、良かったのではないかと思います」と力を出し切った表情で、言葉少なに語った。

杵屋千鶴師匠

• 素晴らしい三味線サウンドのバラエティを聴かせてくれた杵屋千鶴師は、約10年に亘って太鼓レガシーに参加している。「私は長唄の専門家ですから古典の長唄はもちろん弾けるんですが、ここの舞台ではいろいろなものが弾けないとダメなんです。今回は殆ど即興で弾いていました」と語る。
• 杵屋師は「(伝統継承と新しいものとの融合は)『護る』と『攻める』ということですよね。本当に攻めないと護れないんです。護る前に必ず攻めがないといけない、護ってばかりいたら決められた枠しかないですから。新しい出し方、タツさんがやっているようなことが凄くステキだなぁと思いますよ。だから私はお手伝いさせて頂いているんです」と話す。

• 杵屋師は毎年伝統芸能の人々を集め、リサイタルを開いている。それはライブのディナーショーで300人位の人達が集まって来る。「初めて聴いた方々でも、もう一度聴きたいと思って下さるような音楽の出し方を、日本の伝統の演奏家も考えていかなきゃいけないと思っていて、私はそう言う方をやっているんです」と杵屋師は話す。
• 今年で9回目となるディナーショーのタイトルは「日本のめでたきもの」で、その中に昇り龍が出てくる。そのために杵屋師は芸術家に依頼し、手描きの昇り龍で着物と帯を新調した。その値段は車が買えるほどだという。
• 杵屋師はその着物と帯をシカゴで初おろしした。作家のエネルギーが満ちあふれている昇り龍の着物と帯を身につけると「着物に負けないぞという、それなりの覚悟がいります。力を頂いた感じ、そういうパワーって絶対にありますね」と話す。
• 本番のリサイタル前にその様な大事な着物をシカゴで着て良かったのか? 杵屋師は「大事な舞台なのでね、ぜひと思って。やっぱり持って着て良かったと思います」と語った。

チンドンパフォーマー 嶋崎靖氏

• チンドン屋と聞けば、ちょっとした悲哀を感じる共に憧れと好奇心が持ち上がってくる。リダクション6と太鼓レガシー15に出演した嶋崎靖氏は9日にワークショップを開き、チンドン屋の歴史やパフォーマンスを紹介した。

• 「第四次チンドンブームが来ている」。インタビューに答えた嶋崎氏は雄叫びを上げる。だが振り返れば、チンドン屋の道はデコボコ道だった。
• 俳優だった嶋崎氏は、1900年代の終わり頃にチンドン屋の老舗「菊野家」に弟子入りした。当時チンドン屋は「バカ・カバ・チンドン屋」と蔑まされる存在だった。
• 弟子入りした嶋崎氏が心に決めたのは、親方のビジネスを荒らさないこと。つまり新規ビジネスを開拓することだった。

• 嶋崎氏がチンドンパフォーマーとして海外に出たのは2001年。日英交流年のイベントで英国に招聘されたのが海外初公演となった。その時にスコットランドの劇団からオファーがあり、その他アイルランドなど4カ国でチンドンパフォーマンスを繰り広げた。これが切っ掛けとなり在外公館長賞を受賞、以後、英国、米国ポートランド、ハワイ、ニューヨーク、オーストラリア、台湾、ASEAN諸国等で公演した。

• 国内では富山で開催されるチンドン屋のコンペティションに2000年から出場し、優勝、その他数々の賞を受賞した。
• 嶋崎氏は税務署の青色申告広報、選挙管理委員会の投票呼び掛けなどに仕事の範囲を広げた。これがチンドン屋のイメージを引き上げ、企業のイベントなどにも呼ばれるようになった。

• 2009年頃から音大や芸大卒の若手がどんどん入って来て技術的な音楽性が上がり、イベントの仕事も増えた。「これはいけるな」と思った途端に、2011年に東日本大震災が起き、チンドン屋の仕事はぱたりとなくなった。

• 回復してきたのは2014年から2015年にかけての事。一因はパチンコ業界の不振にあった。パチンコの宣伝の仕事がなくなると、逆にチンドン屋のマイナスイメージが払拭され、居酒屋などの大型チェーンから仕事が来るようになった。若手パフォーマーらが即興でお客さんのリクエスト曲に応えるなど、人気が上がって来た。

• 一方、チンドン屋にも伝統がある。小学校から西洋音楽を習う日本人は長唄などの古典曲を失って久しく、チンドン屋の古い曲は覚えられないのだという。俳優時代に歌舞伎などの裏方をやっていた嶋崎氏にはまだ古典曲が生きている。「演劇とチンドン屋は僕の中で別々ではなく、常に共にある」と嶋崎氏は語った


A scene from Reduction 6


タツ・青木氏


A scene from Reduction 6


リダクション6で踊る藤間淑之丞師


杵屋千鶴師匠


司太鼓とコラボレーションする島崎靖氏