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ミッドウェスト刀剣会“刀ショー”
刀との出会いを語る人々

• ミッドウェスト刀剣会の“刀ショー”が4月26日から28日までの3日間、シャンバーグにあるハイアット・リージェンシー・ウッドフィールドで開催された。会場には日本刀を始め、鍔や目抜きなどの装剣具、鎧兜、骨董美術品などが展示され、売買も行われた。
• 同刀ショーはミッドウェスト刀剣会のマーク・ポポラ氏によって2005年に再開され、2013年からマーク・ジョーンズ氏が開催主催者になっている。同氏によると、昨年はNPO日本刀剣保存会から8人が訪れ鑑定や相談を行ったが、今年は教育に焦点を置き、1200年から1300年にかけての大和派の日本刀についてのレクチャーや、新刀の祖と言われる堀川国広(1531-1614)の作品についてのレクチャーと展示が行われた。「多くの人が日本刀について勉強するために来ています。若い収集家にも助けとなりますね」とジョーンズ氏は語った。

刀ショーの人々

• ハワード・スローンさんは日本刀、鍔、目抜きに加え、香炉、櫛セット、茶器などいろいろなものを展示していた。毎年刀ショーに出展するスローンさんは「こんなにいろいろな物を並べているのは見たことがないだろう」と自慢する。
• 海軍に属していたスローンさんは、1957年から59年にかけて横須賀に駐屯していた。その間に日本の美術品や古美術品に興味を持ったという。「なぜって?たぶんイエロー・フィーバーだね。水兵が日本に行ったら女の子を追いかけ回して、その国が好きになる。楽しかったね」と語る。
• 退役して米国に戻ると、日本への興味は消えてしまった。それから長い時間が経ったが、ある日セントルイスのアンティーク・ショップで日本刀を見かけ、また興味が戻った。以来日本刀や古美術品の収集、売買を続けている。
• スローンさんはヒューストン在住中、ホストファミリーとして3人の日本人留学生を世話した。それぞれ1年間ずつ滞在したが、帰国後3人のうち2人の女の子はスローンさんを慕って2度訪ねて来た。「みんな何の問題もなかった。滞在中に我々は日本文化についてたくさん習ったし、彼らもアメリカ文化をたくさん学んだ」と語る。
• 一人の女の子はスローンさんに浴室の使い方を尋ねた。「コークと雑誌を持って入れ」とスローンさんが言うと、彼女はいつもそうするようになり、1時間も浴室から出てこなかったとホストファミリー時代の想い出を語る。また、スローンさんのコレクションについて、「そんな物を買わないで、お金を貯めた方がいい」と言っていたと苦笑し、「今彼女は日本でハイランキングの裁判官になっている。ホストファミリーをしたのは私にとっていい経験だった」と語った。

• スローンさんのブース近くには、シャンバーグに着物の大きな倉庫を持つ「タンジェリン・マウンテン」の姉妹が着物を販売していた。姉妹はシアトルやボストンのコンベンションに出展し大忙しの様子。特にボストンには着物のコミュニティがあり、コンベンション会場には着物を求める人で長い行列ができたという。

• インディアナポリスから来たジム・トビンさんも刀ショーの常連。「美しい刀を見るために来るんだ」と話す。
• トビンさんがたまたまマーケットで買った日本刀が400年前のものでラッキーだった。以来、趣味で刀の収集や売買を続けている。展示の刀を見せながら「いくつかの刀は900年前のものだ。刀は勉強しないといけない。難しいが刀にはいろいろな事が関わっているからね」と語った。

• リック・ジャッキムさんは「ここ数年ずっとショーに戻りたいと思っていたが、やっと戻って来れて良かった」と話す。ジャッキムさんの特別展示は、伊豆住(榎本)貞人の1984年の作の現代刀。自らも刀を作るというジャッキムさんは、貞人から刀作りを習ったことがあるのだと言う。その他多くの刀や脇差を、鑑定書と共に展示していた。「売買で儲けるよりも、趣味の方が大きいですね」と語った。

• ウィスコンシン州から来たマット・ブライスさんは、元々ナイフ・ディーラーだった。たまたま日本刀を1本買う機会があり、その後すぐに日本刀の数を増やした。「もっともっと買わなきゃいけない。日本刀は刀匠やランクや技術レベルや装剣具などが違うから。勉強もした。日本刀は世界最高の刀だね。だから所有することに興味があるんだ」と話す。
• ブライスさんは元々大学時代に日本史を学び興味を持っていた。初めて刀を買った後、日本刀に対する興味が強くなり、刀の世界に飛び込んだ。日本刀の売買を始めてから約10年の間に約1,500本の日本刀の売買に係ったという。

• デイヴィッド・スタイルスさんはワシントンDC近くのヴァージニアからやって来た。日本刀に興味を持ったスタイルスさんは、特に鍔に強く惹かれた。「鍔はすべてデザインのスタイルや形が違っていて、機能性を重視した芸術品。だから侍は個々の人間性を鍔に表しているんだ」と説明する。スタイルスさんは日本女性の夫人から「オタク」と呼ばれているのだという。
• スタイルさんが展示していた鍔の多くは江戸時代のもので、それよりも古い鍔もある。木箱に収められていた菊の花をデザインした鍔は、江戸初期と後期のものだと話してくれた。

• デイヴィッド・オダさんは熱心な日本刀や装剣具の収集家で、本なども多く集めている。オダさんの先祖は公家で、広島県加計町(現・安芸太田町)に住んでいた。オダさんは三十代目に当たるのだという。
• 長男だったオダさんの祖父は1920年に米国に移民としてやって来た。日本を出る時に祖父は弟に代々伝わる刀、槍、鎧などを保存するようにと伝えていたが、祖父が1964年に戻った時には何も残っていなかった。戦後にマッカーサーが没収したという話もあるが、オダさんは「糊口を凌ぐために売らざるを得なかったのではないかと思う」と話す。祖父が加計町の寺に預けていた家系図も1970年に焼失したという。
• この様な背景から、オダさんは先祖の歴史を探し続けている。加計町を訪れたことはないが、洲濱紋という家紋を見つけることができたという。
• オダさんはDNAテストをやったことがある。興味深いことに米国在住の女性がセカンド・カズンであることが分かった。 昨年その女性に連絡してみると、彼女はアイリッシュ系の男性と台湾系女性の夫婦に養子として育てられた日本人の子供であることが分かった。彼女自身もそのことについては昨年まで知らなかったのだという。
• オダさんのその後の調べによると、横浜で養子として引き取られたことが分かったという。また、オダさんの大叔母が横浜で孤児院を運営していたことがあり、多くの孤児が米国人に引き取られたという。「だからファミリーの歴史により興味を感じて日本文化を学んでいる。もちろん日系文化もね」と語っ


マーク・ジョーンズ氏


ハワード・スローンさん


着物ブースを出した「タンジェリン・マウンテン」の姉妹


リック・ジャッキムさん


マット・ブライスさん


デイヴィッド・スタイルスさん


デイヴィッド・スタイルスさんの鍔コレクションと鑑定書


デイヴィッド・オダさん