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日本人コメディアン、シカゴで奮闘
夢は大きく、スタンダップ・コメディの柳川朔さん

 柳川朔(やながわ・さく)さん(27)が今シカゴで、マイク一本で観客を笑わせるスタンダップ・コメディで頭角を現している。6月7日にはセカンド・シティのブレイクアウト・コメディ・フェスティバルに出演する。27人の選抜出演者に抜擢されただけでなく、金曜日の夜という最高の出演日を得た。リトルリーグの日本代表野球選手だった朔さんは「これは僕の夢の一つ、メジャーリーグの舞台だ」と意気込みを見せる。

シカゴでは有名クラブ Laugh Factoryにレギュラー出演する他、ZaniesThe Comedy Barに定期出演している。

既にケニア、ルワンダ、ウガンダの各国内最大規模のコメディ・ショーやフェスティバルに出演した他、エディンバラ(スコットランド)のアートフェスでソロを含む46本に出演した。

アメリカでは4月末にニューヨークで開催されるコメディーショー「RISK!」に出演。2018年には世界で最も権威あるコメディ・ストアー(LA)に出演、シアトル国際コメディ・コンペティションでは3回入賞している。その他、2014年から米各都市のクラブやバーなどに多数出演している。

日本でも2018マグナーズ国際コメディ・コンペティションでファイナリストになった他、自作自演の「Saku’s Comedy Night」というスケッチ・コメディで日本全国ツアーを果たし、累計約5,000人を動員した。またそのDVDも発売している。

 この夏にはコメディアンとして初のフジ・ロック・フェスティバルへの出演が決まっている。直近では6月23日にSummer Time(マウントプロスペクト)で、日本語によるパフォーマンスを行う。

 「コメディは日本のお笑いとは違う。マイク一本で自分の視点を表現し、尚且つ人々を笑わせるという芸能を極めたい」という朔さんの目標は、「日本人として初の『サタデー・ナイト・ライブ』にレギュラー出演すること。朔さんは大阪大学文学部、演劇学・音楽学専攻で、2016年に首席で卒業している。

なぜコメディアンに?

Q:なぜ野球を止めてこの道に?

柳川朔:僕は奈良県明日香村生まれ。3歳から野球を始めて、野球監督だった父に厳しく育てられました。野球も勉強もできる東京にある桐朋高校に入り、6年間野球部のキャプテンを務めました。でも高3になって、本当に上のレベルの人と試合した時に「あ~無理やな」と言うのが何となく分かる。もちろんケガもありましたけど。

高校時代は活躍させてもらって「柳川の代」と言われていました。でも僕にはエースピッチャーのライバルがいたんです。彼はストレートで東京大学に入り、エースとして六大学野球で凄く活躍し、「柳川の代」ではなく、そいつの代と言われるようになりました。

 僕は「あいつには負けへんぞ」と翌年に大阪大学に入って、全国大会で絶対に優勝して、また僕の代と言われるようにと思って頑張っていました。でも、どんなに頑張ったところで六大学には勝てない。「こいつには勝たれへんな」と思って逃げたんです、その時。

Q:辛いですね、その話。

朔:3歳からずっとやって来た野球を止めて、心を捧げるものはないかと考えている時に、コメディに出会えました。

 そのライバルですけど、報道をしたくて東大卒業後にNHKに入りましたが、自分の理想とのギャップを考えている時に、僕がアフリカに行ったというニュースを見てNHKを辞めて、東大のロースクールに戻りました。そいつが弁護士資格を取ったら一緒に仕事をするっていう風に、僕ら2人で決めました。ライバルでしたが、こういう人にはなかなか出会えないです。

Q:コメディに惹かれたのは?

朔:高校の文化祭の時に野球部の伝統として漫才をやっていました。それが面白くないので僕一人で30分位喋って、もの凄くウケました。それを仕事にするとは思ってもみませんでした。むしろ劇作家や劇評論家になりたいと思ったのですが、プロ野球の解説者は絶対に元プロ野球の人達です。

 結局その分野で悩みを打開し、実績を残した人しか発言に説得力がないと言うことが分かって、自分がプレーヤーとしてやるべきだと感じていたのが大学生の時です。

ともかく行動に出る

Q:それでNYへ?

朔:ニューヨークでスタンダップ・コメディをやっている小池良介さんをテレビで見て、衝動的に行きました。2014年、大学3回生の時です。

 小池さんをフェイスブックで見つけて、「明日NYに行きます」とメッセージを送って、空港に行って一番安い航空会社のチケットを買って、初めての米国に向かいました。飛行機の中でNYに留学している同級生がいたことを思い出して、泊めて欲しいと連絡してOKをもらいました。コメディをやるクラブやバーを16軒回って、2軒だけOKしてくれました。

誰でもやっていいオープンマイクというのがあるんです。40年位やっている人が新ネタを試しにも来ますし、初めてステージに上がるという僕みたいな人もいる。

 コメディが面白いと、自分のショーを持っているでコメディアンから「ちょっと来いよ」などと言ってもらえるんです。そういうのがどんどん広がって行ったという感じです。

Q:その時にセカンド・シティの人に?

朔:その時のオープンマイクにいた人から「セカンド・シティに知り合がいるから、日曜日にあるからどお?」って言われて、その時金曜日だったんですけど、「行きます」て言って、シカゴに飛んでコメディをやりました。

 1週間ぐらいシカゴで毎日オープンマイクをやっている所に出て行ったら、いろいろな繋がりができて、人も暖かいし、コメディも奥行きがあるなと思ったんですね。

Q:その時7都市を回ったそうですね。

朔:NY、シカゴ、ヒューストン、ダラス、サンフランシスコ、サンディエゴ、ロサンジェルスです。

Q:その時、テキサスでビール瓶を投げられたって?

朔:今も忘れもしない、ダラスのサルーン、安酒場みたいな所です。オチにジョージ・W・ブッシュを出すネタやったんですよ。飛んできましたね、まぁ地盤ですからね。舞台ではウォッとなりましたけど、ブルースブラザーズの映画のシーンみたいで「あ、ブルースブラザーズに近づけたんかな」とちょっと思いましたね。

Q:大学の方は?

朔:7都市を回って、それを元に自分で演劇を作って、大阪大学の所在地の箕面市と阪大の共催プログラムとしてやりました。阪大に予算を提出して出資してもらい、全額パフォーマンスで回収しました。

 

 


シカゴの Laugh Factory に出演する、スタンダップ・コメディアン柳川朔さん


柳川朔さん

 

リスペクト

Q:アフリカに行ったのは?

朔:2017年の11月に自腹で行きました。
それはO-1ビザというアーティストビザを取るために、実績を作る必要があったんです。日本にコメディという土壌はないので、自分で世界に行って実績を作るしかないと思って、借金して行きましたね。

Q:アフリカの国々はどうやって?

朔:コメディアンの繋がりが結構あるので、日本でコメディをやっていたケニアの人がルワンダでKigali International Comedy Festivalがあると紹介してくれました。僕のことをリスペクトしてくれているので、僕を推してくれました。

自分のプロフィールと動画を主催者に送ると、交通費は出ないがホテルと食事は用意すると言ってくれたので、実績が喉から手が出るほど欲しかったので飛行機を取って行きました。

 そのフェスティバルで主演として結果を出せたので、ケニア最大のテレビ・ショー「Churchill Show」やウガンダの同国内最大のコメディ・ショーにも主演として出ることができました。それはやはり横のリスペクトがないと何も無理ですね。

Q:今回のセカンド・シティの出演は?

朔:今年の2月にセカンド・シティのトレーニング・プログラムのオーディションを受けました。800人の応募者の中から僕は幸運にも選ばれたのですが、諸事情があって参加できなくなり、オーディションだけのために旅費を払ってシカゴに来たことなどをディレクターに話しました。

 今回の出演者を決めるに当たって、そのことを覚えていてくれたのかも知れません。僕の実力も評価してくれたと思いますが、出演者のダイバーシティという考慮もあって僕を入れてくれたのかも知れません。

Q:この夏のフジ・ロックの出演もリスペクトの繋がり?

朔:僕は日本にいる時は真剣に草野球をやっています。それはミュージシャンのチームで伝統的なミュージシャンも多いです。僕がエディンバラのアートフェスに出演している時に、フジ・ロック運営の核メンバーでもあるミュージシャンの方々が見に来てくれました。そのような繋がりでフジ・ロックの出演が決まりました。

 いろいろな人が助けてくれますが、助けだけを求めても、人は絶対に助けてくれません。野球に真剣に取り組んでいると、人間性を見てくれる人がいるわけです。例えばグランド整備をいい加減にやる人間だったら、きっと仕事もいい加減にやると見られるでしょう。仕事と全く関係ないところでの人間関係も凄く大事だと思います。

コメディアンとしての技量

Q:舞台でウケなかったら?

朔:お客さんは時間とお金とソウルをささげて来て下さるので、ウケないとその人たちを不幸にしているという事になります。ウケないと反省はしますが、へこみはしません。

 お客さんが2人しかいない時もありましたが、その2人を人生で一番楽しかったと思わせてやろうという位の気持ちでやっています。全力を出し切って、アフリカの7000人の前でやった時と同じ気持ちでやれば、またいい朝が迎えられると思うので。

Q:朝起きるとニュースを読むのが日課?

朔:ネイディブのコメディアンよりも多くの用意が必要になります。引き出しを無限に作っておいて、アドリブでもそこから引っ張り出せるように準備しておかなければ。

 それと、僕は勝手にレスキュー・ジョークと呼んでいるんですが、滑った時に(ウケなかった時に)、パンと一言何か言えるかですよね。そういう所を他のコメディアン達は見ているんです。だからこそ滑った時に何を言うか無限に用意して、それを言えるようにひたすらシュミレーションをしています。

Q:コメディをやって抗議されることは?

朔:あります。ジョークに対して議論してくる人もいるし、舞台が終わった後で議論になることもあります。そういったフィードバックが僕らを成長させてくれる所もあるので、真摯に対応しています。

酔ったお客さんがヤジったりする時には、それをうまく笑いに変えるのがコメディアンの腕の見せ所なので非常に大事です。それは普段の生活から生み出して行くしかないです。

 舞台に立つと、面白くない時はシンとしてて拍手もない時もあるし、ウケる時は手放しで評価してくれる。それがアメリカのいいところかと思います。

Q:同じノートをたくさん持っていますね?

朔:母校のノートです。毎日何を言うか、コメディやアクティングを全部このノートに書いているんです。振り返ると、ここに書いたものが僕の原点だと思います。これがなくて他のノートに書いたら滑ったんですよ。なので桐朋高校の購買部に行って買って来ました。そしたら「お代はいりません。有名になったら帰って来なさい」って。

Q:いい話、ありがとうございました。いいネタになりそうですね