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アンダーソン日本庭園で畳の入替え
畳の技術と未来の展望を紹介

• ロックフォードにあるアンダーソン日本庭園で5月23日から28日にかけて、畳表の入れ替えが行われた。アンダーソン日本庭園には本格的な数寄屋造りの迎賓館と茶室がある。前者は1985年に、後者は1991年に完成し、畳も完成時に設置されたものだった。

• アンダーソン日本庭園は今回、50枚の畳表を入れ替える3万5千ドルのプロジェクトを企画。日本から5人の畳職人が現地入りし、畳表を入れ替えた。畳職人達は2年前にイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校にある日本館の畳入れ替えを実施した人達で、その時に作業を見ていたアンダーソン日本庭園のスタッフが、同じ畳職人のグループに依頼することになった。同プロジェクトにはシカゴ日本商工会議所(JCCC)を始め、TH Foods や関口公孝氏など日本側からの寄付も行われた。

• 今回作業に従事した畳職人は、鏡畳店の鏡芳昭氏(山形県)、海老名畳店の吉野裕一氏(神奈川県)、大島畳工業の大島一行氏(栃木県)、ミソノ畳店の小野寺和希氏(岩手県)、中島タタミ店の中島卓也氏(鹿児島県)の5人で、日本各地から集まった畳店の店主達。

• 中国産の安価な畳表が流通し、既に畳表の80%以上を中国産が占めるようになった。また、西洋化に伴い畳の部屋が減り、い草を栽培する農家も激減して来た。品質の高い国産のい草が無くなれば上質の畳も作れないと「突き動かされるような」危機感に迫られた鏡芳昭氏は、畳屋道場というネットワーク組織を2007年に立ち上げ、日本全国の畳店にダイレクトメールを送った。連携の呼びかけに賛同したのが今回アンダーソン日本庭園に来た畳店主を含む約20店の畳店だった。

• 賛同した畳店主達は、畳という字をデザインした「TATAMI-TO」という服部一成氏デザインのロゴ入りのTシャツを着て、種々のイベントに参加している。「TATAMI-TO」とは、畳とアート、畳と健康、畳とアンダーソンガーデンなど、畳と何かをコラボレーションさせようと言う意味を込めている。

• アンダーソン日本庭園の迎賓館横では、吉野氏、大島氏、小野寺氏の3人が茶室の畳表の入れ替えに従事していた。鏡氏と中島氏は23日夕に行われた畳についての講演会の準備に当たっていた。また、5人の食事をまかなう為、山形の陣屋というレストランの八代目、柏倉城太郎氏が同行していた。5人は迎賓館に泊まり込むという形で作業を進めていた。

• 吉野氏によると、20%の国産の畳表の98%が熊本県八代市で生産されている。迎賓館と茶室の畳表に使われたのは「ひのさらさ」という最高級品で、昨年農林水産大臣賞を受賞した小嶋新吾氏作による日本一の畳表だった。「ひのさらさ」は日本産の畳表のうち5%しかできないものだという。更紗と名が付くだけあって、触れると絹のように柔らかくサラッとした手触りが印象的だった。吉野氏は「芽が詰んでいて肉が盛り上がっている」のが小嶋氏の畳表の特徴だと話してくれた。

• 大島氏によると、茨城県に畳の専門学校があり、2年間住み込んで学べば技能検定2級に合格できる技術を学ぶことができる。大島氏、吉野氏、小野寺氏の3人も同校で学んだという。講演会では大島氏による実演が行われた。畳を縫う時は、必ず正座して作業をするのだという。

講演会

• 講演会では、鏡氏がい草農家と畳店が一体となって国産の畳表を護る活動や将来の眺望について語った。また、中島氏が英語で通訳を果たした。

• 従来畳店は問屋から仕入れる畳表を使うだけで、生産者はもとより国産と中国産の違いにも無関心だった。
• だが、鏡氏は2006年に初めて熊本県八代市のい草農家に泊まり込み、農作業を経験した。い草は稲と同じように、苗を育てて田んぼに植える。い草の田植えは寒い12月に行われる。刈り取りは猛暑の7月で、水分がたっぷりある夜から夜明け前までに行われる。刈り入れたい草は直ぐに熱をかけて16時間乾燥させ、土に浸けて泥染めという工程に入る。その間にも田んぼに出て、その夜の刈り取りの準備をする。息をつく間もない重労働だと鏡氏は語る。

• 泥染めの工程が終わると、い草の選別作業に入る。一枚の畳に7000本のい草が使われており、長さや太さを揃える。い草作りは植えてから畳表に織るまで、2年間を要する実に手間がかかる仕事だという。

• 鏡氏は「本当に大変な作業で、まるで修行。こういう作業を体験することによって、い草がどの様に作られているか、またい草農家の情熱が分かる。だからこそいい畳になる」と話す。畳屋道場では、い草農家に泊まり込み、農作業を経験することを加盟店に義務付けている。い草農家を知ることにより、畳店としてお客さんに国産の良さを伝えることができる「物語る畳屋」になることが重要だという。

• 従来、畳は生産者からお客さんの家に入るまで複数の問屋を介し、マージンで価格が膨らんでいた。鏡氏は生産者と畳屋が直接取引できるように、い草農家に生産販売組合を作ってもらった。こうすることで、い草農家により多くの収入が入るようになり、次世代への継承が可能になる。吉野氏によると、殆どのい草農家は50代で運営されており、その子供達は他へ就職している。鏡氏のプレゼンテーションによると、1989年に6,000軒あったい草農家は今年、399軒までに激減している。

• 1本のい草の中はスポンジ状になっており、国産のものはその密度が高く弾力性がある。また、耐久性にも優れている。この様なことを畳店がお客さんに伝える媒体となれば、国産の需要増加に繋がる。

• 一方、生活様式の西洋化が進む中で、畳を嗜好品だと捉えれば、新たな畳の使い方の発想ができる。
• 鏡氏は加盟畳店と共に、寺や教会の畳入れ替えをしたり、パリの日本文化会館でい草ロールの椅子を紹介したり、インドの建築家とのコラボレーションで畳を紹介したり、日本の建築家と新しい畳の使い方を模索するなど、未来に向けて邁進している。
• 5月には畳の4分の1のサイズの畳を発売した。軽くて持ち運びが容易なことから、洋間に敷いてお茶会を開いたり、畳の上に寝転がりながらテレビを見たりすることができる新しい畳の生活を提案している。


4分の1サイズの畳を洋室で使う(鏡氏の講演スライドより)


床の上にこんな風に敷いても(鏡氏の講演スライドより)


アンダーソン日本庭園で作業する、手前より吉野氏、大島氏、小野寺氏


畳のあおさが際立つ、畳入れ替え中の茶室


畳表に表示されている産地と生産者名


畳屋道場のメンバーは「TATAMI-TO」のロゴ入りTシャツを着て作業している


アンダーソン日本庭園で行われた講演会で実演する大島一行氏。後列左が鏡芳昭氏、後列右が中島卓也氏


畳農家は手作業が多く、栽培から畳に織るまで2年を要する
(鏡氏の講演スライドより)



パリで展示された畳表を使った家具(鏡氏の講演スライドより)


インドで示された畳表を使った家具(鏡氏の講演スライドより)