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金物工芸作品の殆どの手法が一堂に:
金物工芸の多様さ、繊細さ、大胆さに触れる

• 日本の伝統金物工芸の名工やアーティスト、米国の金物工芸アーティストらによる珍しい金物工芸品展が5月21日から31日まで、在シカゴ総領事館広報文化センターで開催された。
• 展覧会はすでに終了したが、金物工芸やその世界について開催者の山田宗子氏にお話を伺った。
• 北米には北米金物工芸協会(Society of North American Goldsmith)があり、今年で創立50周年を迎えた。その協会の50周年を祝う第48回カンファレンスが5月22日から25日までシカゴ市内のパーマーハウス・ヒルトンで開催され、日米の金物工芸家による作品展や研究発表、学校での教育活動報告などが行われた。
• 金物工芸は米国になかなか浸透しないところがあるが、その分野では木目金(もくめがね)という言葉が英語になるほど知られているという。これはミシガン大学で金物工芸を教えていた、ヒロコ・サトウ・ビジノスキー氏の貢献が大きいと山田氏は語る。

• 北米では年次カンファレンスがあり金物工芸家間で横の繋がりがあるが、日本では工芸家や大学などの間に横の繋がりが殆どない。工芸家の作品は門外不出ということもあり、個々の展覧会はあるものの、いろいろな工芸家やアーティストの作品が一堂に展示されることはなかった。

• 山田氏は元来、建築分野が専門だった。その分野でウィスコンシン大学院に留学したが、金物工芸に魅せられてその道を歩むことになった。卒業後は大学で教える一方、自立のためにジュエリーを作りウィスコンシン州マディソンにHYART Gallery開いた。また、ペンランド学校(ノース・キャロライナ)の理事となり、米国での金物工芸拡大に尽力している。

• この様な背景から山田氏は、日本の金物工芸家や大学教授らの作品を米国のアーティストの作品と一堂に展示できないかと活動を始めた。
• 日本の工芸家を一軒ずつ訪ねて行ったが、最初は門前払い同然だった。そこで山田氏は、300年の歴史を持つ木目金の技術を受け継いで進化させているアメリカ人アーティスト達の歴史と作品展を2016年に日本で開き、ようやく日本の工芸家の先生たちの理解を得ることができた。
• 今回の金物工芸展示会には、人間国宝の玉川宣夫や大角幸枝を始め、錚々たる金物工芸家の作品とアメリカ人工芸家の作品が一堂に揃い、金工の殆どの技法を見ることができる稀な展覧会となった。山田氏は「ここまで来るのに5年位かかりました。でも、これが始まりですから。たくさん見てもらって、金物伝統工芸を知ってもらい、やってみようと思う人が技術を取得して、伝統の継承に繋がればと思います」と語る。
• 山田氏はペンランド学校で金物工芸を学んでいる学生を日本で勉強させ、作品を作り続けることによって伝統工芸伝承に繋がるように働きかけている。日本では継承者が少なくなっているのだという。

木目金とは

• 木目金とは、金属が溶けない程度の温度で色違いの金属を重ねて接着し、一枚の板にしたもの。その木目金を叩いて壺や茶瓶などの形を作る時、重ねた色が木目のように現れて来る。その模様は偶然に現れるのではなく、金物工芸家が予め描いた作品通りに色が出るように木目金を作るという、非常に高い技術を必要とする技法


山田宗子氏:HYART Galleryのオーナー、ペンランド学校(ノース・キャロライナ)の理事


▲田口史樹氏の作品。キラキラ光るレースのような繊細な作品で、12方向に金属を削ってシャープな目を出しているという。


▲満田晴穂氏の作品の一つで、自在置物。リベットの使用により、昆虫の手足の先端まで関節が動く。自在置物には日本古来の刀の技術が生かされている。明治維新後の廃刀令で刀工が仕事を失い、万博などで日本の伝統工芸を世界に紹介するために刀工達が多くの自在置物を製作したという。

▲人間国宝の玉川宣夫氏の作品で、大きな一枚の木目金を叩いて壺の形に仕上げたもの。もちろん一枚の板を叩いて行くので、継ぎ目はない。これだけ大きな作品を作るのは非常に難しいという。


▲玉川宣夫氏の息子、玉川達士氏の作品。この様な色や模様が出るように、木目金が作られている。


▲岡原有子氏の作品で、帯留。この柿の色は、銅を緑青液で煮てその渋い色を出したもの