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日本情緒たっぷり“銀座ホリデー” 
和菓子作りの実演や一閑張りの展示販売も

• お寺の境内に色とりどりの出店が並び、故郷の夏祭りを彷彿させる「銀座ホリデー」が8月9日から11日までの3日間、シカゴ市北部にある中西部仏教会で開催された。銀座ホリデーはファンドレイジングを兼ね、地元の人達に日系コミュニティや日本文化を知ってもらおうと始まった。名物の照り焼きチキンの香ばしい匂いが人々を誘い、呼び込みに言葉はいらなかった。今年で64周年を迎えた銀座ホリデーはすっかりシカゴ市の人気イベントの一つとなっている。今年も好天に恵まれ、大勢の来客で賑わった。

• 出店には日本の風合い溢れる骨董品、陶芸品、瀬戸物、掛け軸、ジュエリー、折り紙アート、鯉アート、Tシャツなどが並び、来客を楽しませた。また、中西部仏教会内部では、盆栽や生花の展示も行われた。

• ステージでは和太鼓演奏、民謡踊り、箏演奏、剣道、柔道、合気道、ハワイアン音楽などが終日披露され、来客が客席を埋めた。
• ステージのインターミッション時には、ロン・ミヤムラ住職による仏教の説明が同仏教会の本堂で行われた。

• フードコートでは、照り焼きチキン、冷やしうどん、寿司、焼きトウモロコシ、スパムむすび、枝豆、アイスコーン、かき氷、冷たい生ビールなどが販売され、来客は銀座ホリデーならではの食と祭りの雰囲気を満喫した。

• 銀座ホリデーの楽しみの一つは、日本伝統技職人と話をして、直に作品を買うことができること。常連の大分の陶芸家・木下英司さんや浅草の絵手ぬぐい「ふじ屋」の三代目・川上正洋さんに加え、今年は大分県中津の武蔵屋総本店の一木武志さんが和菓子作りを実演した。また、福岡県北九州市からは一閑張の井上紀美子さんが渋い色合いのバッグや壁掛けを展示販売した。

技職人

武蔵屋総本店・一木武志氏

• 1924年に創業した武蔵屋総本店は、日本で初めて即席お汁粉を商品化した和菓子店。大分県中津市にふさわしい銘菓を作ろうと模索していた初代店主の一木武十郎氏が名勝・闇無浜(くらなしはま)を歩いている時に、浜で採れる蛤と海岸を優雅に飛ぶ千鳥にヒントを得て「蛤志る古」を考案した。蛤の形をした最中(もなか)に熱湯を注ぐと、中に入っている粉の餡子(あんこ)が溶け、餅で作った紅白の千鳥が浮かび上がって来る。この形は80年以上経った今でも守り継がれている。

• 銀座ホリデーにやって来たのは四代目の一木武志さん(40)。18歳の時から東京の和菓子店で修業し、中津に戻って家業を継いでいる。今回は実演のために練り上げた和菓子のベースを冷やしたまま、中津から持って来た。ベースはホワイトビーン(インゲン豆)で、練り上げる工程に時間がかかり、豆からベースになるまで約2日を要するという。

• ピンクやうぐいす色の鮮やかな和菓子に目を引かれ、来客が絶えることなく、一木さんは休む間もなくいろいろな形の和菓子を作り続けていた。
• 食紅は総て天然の材料を使っている。赤い色はべに花、白はくちなし、緑は海藻、黄色は唐辛子の辛さを抜いたものだという。この4色を使い、混ぜたりグラデーションを出したりしながら美しい和菓子の色を出している。また、型やへらを使いながら形を作って行く。
• 実演を見守る来客は和菓子を買いたがったが、残念ながらシカゴ市条例により販売は出来なかった。中津から持参した即席お汁粉とどら焼きだけが許可され、買い求める人が多かった。

• 中津での和菓子の売れ行きはどうなのか。
• 一木さんによると、和菓子職人が少なくなって来た事からその価値が上がっているという。また、冠婚葬祭の引き出物に使われる和菓子は昔ほどではないが、中津には表千家の先生が多く、お茶会なども頻繁に行われ、「日々、注文を頂いています」と語る。
• 一木さんの父は洋菓子を学んだ人で、かつては洋菓子を作っていたが、今は和菓子を作っているという。

• 一木さんが生まれた頃、初代の武十郎氏は既に亡くなっていたが、カリスマでお汁粉も含めて最先端の和菓子を作る人だったという。しかし、他の和菓子店が真似をしたものを出せば、考案者であってもその和菓子は作らないという頑固な人でもあり、和菓子業界に影響を与えた人物だったという。

• 一木さんは「ともかく曾祖父はいろいろな場所に行って和菓子を広めていた人だったようで、曾祖父のそういうDNAは持っていると思います。私もその気持ちが分かるので。銀座ホリデーで少しでも和菓子を知ってもらえたらという気持ちで参加しました」と語った。

• 武蔵屋総本店では、大分県に窯を持つ陶芸家の木下さんの作品と和菓子の共演などのイベントも開催している。

一閑張・井上紀美子さん

• 一閑張の井上紀美子さんは福岡県の小倉からやって来た。
• バッグや壁掛けのベースになっているのは竹かごや竹製品。かつて農家の人が農閑期に、傷んだ収穫かごに古い紙や布を貼って修繕していたのが一閑張の語源の一つ。また、一貫(3.75㎏)に耐えられるという意味もあるのだという。

• 一閑張は現在盛んに言われるリサイクルの始まり。井上さんは一閑張をやっている人に偶然に出会い、興味を持った。以来20年、一閑張についての本を読んだり人の話を聞きながら独学で学んで来た。
• 井上さんの作品は、竹かごに手すきの和紙で下張りし、その上に古布を貼り合わせている。古布は昭和初期の子供の着物や鯉のぼりの古いものなど、いろいろな古い布を使い、レトロな深い味わいを出したり、目を抜くような近代的な作品に仕上げている。

• 作品は自宅で作りながら、年に一回ギャラリーで作品展を行う。友人などから出展依頼もあるという。陶芸家の木下さんと同級生であったことから近年に再開再会し、銀座ホリデーに来ることになったという。「実際に見てもらって、触ってもらって、対面で売りたいと思って」と語った。

陶芸家・木下英司さん

• 木下英司さんは17年ほど連続で銀座ホリデーに来ている常連で、馴染み客が多い。大型作品は初日に売れてしまうのだという。一昨年は技職人4人でデトロイト美術館の日本館のオープニングに招かれ、日本の技を紹介し大成功を収めた。
• 今年の木下さんの新作は、陶器の額縁。陶器の額縁は珍しく、また日本的な味わいがありデトロイトでも非常に人気を集めたという。しかし、陶器は窯に入れて焼けばゆがみが出て、作品になるのは半分ほどしかない。だが、シカゴにも紹介したいと、今年の展示販売となった。

銀座ホリデーの人々

• 「七味」と書いたTシャツを着ていたのはアラヤ・ファミリーのご主人。15年ほど前に、妻のセツコさんが日本で買ったものだという。ご主人は日本生まれで、8歳の時にシカゴに来た。「だから殆どジャパニーズ・アメリカンかな?」と話す。
• アラヤ家はシカゴ在住で、去年から銀座ホリデーに来るようになった。ご主人の弟は12年ぶりだという。お母さんは「(銀座ホリデーには)余り来なかったのね。東京から来てずっとこちらに住んで、もうどこにも行きません。皆さんが良くしてくれるから。セツコさんも良くしてくれるから」と語った。セツコさんは日本人、ご主人とはインターネットで知り合い結婚。インターネットが結んだハッピー・ファミリーだった。

• シカゴのウエスト郊外在住のグレカ・ファミリーは、6年間毎年銀座ホリデーに来ている。食べ物がおいしく、和太鼓は子供達が大好きだという。
• グレカ夫妻はアニメの大ファンで、マンガの本やアニメから名前を取り、2人の娘に「イザナミ」と「ユカリ」という名前を付けた。
• アニメをよく見るという夫妻は、アニメのスタイル、ストーリー、音楽が大好きでファンになったと語った。

• シカゴ市内に住むクレアさんは20年間、銀座ホリデーに来ている。「日本舞踊や民謡踊り、太鼓など日本の伝統芸能が大好き。以前は男性が踊っていたけど、もう引退してここにはいないけど、でも日本舞踊は今でも好き。女性たちが傘を持って踊ってね、何でも素敵!私たち(日本の)伝統と人々が大好き」と話す。
• クレアさんが来ている着物は25年前に東京で買ったもの。クレアさん夫妻は仕事を引退しており、世界中を旅行して回っていると語った。

• ジョアン・ローレンスさんはオーロラから銀座ホリデーにやって来た。「もう何年も来ていて、大好き。とっても楽しい」と語る。「日本文化に浸って、楽しくて、照り焼きチキンも美味しい。全部食べましたよ。買い物も楽しいし、家族で楽しめて最高です」と語った


銀座ホリデーで和菓子作りを実演する武蔵屋総本店四代目の一木武志さん


照り焼きチキンや寿司などを楽しむ人々


照り焼きチキンを焼くライアン・トグリさん


一閑張のバッグを説明する井上紀美子さん


陶芸家の木下英司さん(右)と武蔵屋総本店の一木さん


アラヤ・ファミリー


アニメファンのグレカ・ファミリー


長年の銀座ファン、クレアさん


ジョアン・ローレンスさん(中央)