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バイトを始めた銭湯で人殺しが・・・
映画「メランコリック」、シカゴで上映

―バイトを始めた銭湯は、深夜に風呂場で人を殺していた―。映画「メランコリック」が9月25日、シカゴ市内のジーン・シスケル・フィルム・センターで上映され、観衆の肝を揺さぶった。これはエイジアン・ポップ・アップ・シネマ・フィルム・フェスティバルで上映された映画の一つで、同シネマは映画を通じてアジア社会や文化を米国一般社会に紹介している。

 いきなり第31回東京国際映画祭で監督賞を受賞した「メランコリック」は、ドラマあり、サスペンスあり、コメディあり、ホラーあり、恋愛ありと、様々なジャンルを織り込みながら観衆の目を惹き付けて離さないエンターテインメント作品。

「メランコリック」は3人の青年が立ち上げた映画製作ユニットOne Goose(ワングース)による映画製作第一弾で、昨年秋の同映画祭スプラッシュ部門で監督賞を受賞した。この賞は大手映画製作会社の資本や商業映画会社が入っていない映画を対象に、「世界へ羽ばたけ」という激励のメッセージを込めて贈られる賞。同映画祭で上映されたことにより海外の映画関係者の目を引き、イタリアで開催された第21回ウディネファーイースト映画祭で新人監督作品賞を受賞した。

シカゴでの上映翌日、主役兼プロデューサーの皆川暢二氏と、監督・脚本・編集の田中征爾氏にお話を伺った。

Q:ストーリーについてお願いします。

田中:名門大学を卒業したにも拘らず定職にも就かず、うだつの上がらない30歳の鍋岡和彦という人間が、たまたま近くの銭湯に行って、高校時代の同級生の副島百合と出会う。

 それを切っ掛けに銭湯でバイトをすることになるのですが、その銭湯が閉店後の深夜に、浴場を人を殺す場所として提供していたというお話です。

Q:それで?

田中:人殺しなど一切関係なかった和彦ですが、一緒に働く同僚の松本という金髪の男が殺し屋だったことも後から発覚し、さてどうなるかというお話。

Q:その先が知りたい!

田中:銭湯が殺人現場だったことを知った和彦は、手伝わされることになる。彼は学歴があるにも拘らず何もしていないというコンプレックスがあったので、報酬かつ口止め料として大金を貰った時に、人生で初めて「俺も必要とされている」という充実感を感じる。その金を使ってさっそく女の子をデートに誘ったり…。ある意味、仕事を通じて成長する青年の話です。その仕事が死体処理だったということですが。

Q:一番好きな場面は?

田中:和彦と百合が土手を歩くシーンですね。二人の会話はほぼアドリブです。
百合に誘われて居酒屋に行った帰り道、女性慣れしていない和彦が酔っ払った百合に「危ないよ」とたどたどしく言ったりするところが本当に初々しいシーンです。

Q:活動的でハンサムな皆川さんには難しい役では?

皆川:和彦の思考を理解するために、時間がかかりましたね。和彦自身が生きている人間でなければならないので、僕が和彦として生きようとした中で、そういう初々しさが出てくれたら嬉しいなと思います。

Q:この映画は皆川さんがリスクを負って、田中さんと磯崎さんに呼び掛けてOne Gooseを立ち上げたそうですね。そのガッツはどこから?

皆川:はい、それはリスクしかないです。(笑)
逆にやらなかった時のことを考えると、自分自身を楽しめない。自分で納得できる方を選ぼうというところが大きいと思います。

Q:監督・脚本に田中さんを選ばれたのは?

皆川:8年前、僕らが23、24歳の時に田中君に出会いました。当時、田中君は演劇の脚本も書いたりしていて、僕は小劇場の演出助手をやっていました。当時自分が出会った世代で、はっきりと、かつ周りを納得させる形で物事を言うのは田中君の他にはいなかったので、その印象が強かったのは間違いないですね。

Q:もう一人の磯崎さんは?

皆川:彼も同い年です。彼はこの役のために金髪に染めているのですが、普段は黒髪の真面目な青年です。

Q:資金集めも大変だったそうですね。

皆川:金はどうにかするからと最初に言っていたし、周りも動き出していたし、そこで出来ないとも言えない。また、映画製作をやりたかったのもありますから、自己資金を含めて何とか数百万円の資金を集めました。

Q:ストーリーはどの様に?

田中:自主映画で低予算映画なので、オリジナリティを出すためにも殺人現場の死体などを片付けてくれる掃除屋を主人公に描けば面白いんじゃないかと思いました。

Q:舞台が銭湯になったのは?

皆川:磯崎君が自宅近くの銭湯を見つけてくれて、僕がプロデューサーだったので直接銭湯に行ってお願いしました。オーナーの方は潰れかけの銭湯を買って経営している40代の人で、全面協力してくれました。他にも撮影させてくれる銭湯はあるのですが、ネガティブなイメージは断られることが殆どなので。

Q:田中さんはベンチャーIT企業にお勤めで、土日だけで「メランコリック」を撮影されたそうですね。

田中:忙しかったですよ。銭湯が23時に閉店するので、その後朝の9時か10時までぐらいまで撮影しました。土・日の撮影で5週間ですから、延べ10日間の撮影ですね。

Q:皆川さんが田中さんを監督・脚本に選ばれ、2つの国際映画祭で受賞され、良かったですね。

皆川:考えたんですが、こういう結果が出なかったとしても、確信を持ってやっていたので、田中君を責める事は絶対ないと思います。どっちに転んでも、やって良かったなと言えるだろうと思ってましたね。

Q:ところでお二人とも変わった経歴をお持ちですね。皆川さんは体育の先生になるのを止めてなぜ俳優に?

皆川:社会経験がない大学生がいきなり先生になるって、これほど恐ろしいことはないです。いろいろな経験をしてみたいという気持ちから、映画やドラマのエキストラのバイトをやって、最終的にこの道に進む決断をしました。

小劇場で3年ほど芝居をやっていましたが、同じルーティーンになると現状に疑問が湧いて来て、ワーキングホリデーを利用して1年間カナダに行きました。

バンクーバーでホームステイをしながら語学学校に通い、残り3か月を使って一人でバンクーバーからニューヨークまで自転車で横断を試みました。自転車が壊れた時はヒッチハイクで次の街まで乗せてもらい、インディアナポリスまで行った時にキャッシュカードを無くしたことに気付きました。残念ながらインディアナポリスからニューヨークまではバスに乗らざるを得なかったのですが、9000キロ位走りました。

Q:田中さんは日本大学芸術学部演劇学科を中退後、映画を学ぶ為にカリフォルニア州の大学に入学されたそうですね。

田中:同大学の脚本コースに行っていました。最初の2年間は先生からいろいろ教わるんですが、3年と4年はひたすら脚本を書いて、それを先生とディスカッションしながら完成させていくという実技的なことをやるんです。一部の先生とは親しくなっていて、個人的に作品の感想を頂けるような状態になっていたので、学位を取るために在籍するよりもと、アメリカに来ました。

Q:得るものは多かったですか?

田中:僕の今の映画の見方だったり、作り方は、正直言って、8割から9割はアメリカで学んだことがベースになっていますね。

Q:メランコリックが日本で8月3日に封切りになりましたが、反響は?

皆川:予想以上にお客さんが来てくれてますし、思いもしなかったところで楽しさの発見をしてくれたり、本当に自分たちの予想を上回っています。

田中:現時点で公開から20館ぐらいで上映中です。これからまだ41館で上映が決まっています。

Q:第二弾の計画は?

皆川:次をやるのであれば海外と絡めてやりたいと、今企画を考えています。
今年の6月に韓国のプチョン国際ファンタスティック映画祭に行きましたし、個人でも行って、韓国の街並みや人というものを、肌感覚で体感しています。

田中:韓国映画自体は、非常に質が高く、撮影技術、役者さんの技量、脚本のクオリティーも、韓国は世界のトップレベルですので、一映画ファンとして韓国映画は大好きです。

 二か国間がどうあれ、緊張している時だからこそやってみるのも面白いなと個人的には思っています。自分が好きな韓国映画の要素は取り入れてみたいと思います。

Q:ありがとうございました。


映画「メランコリック」の1シーン、名門大学を出ながらうだつの上がらない鍋岡和彦(右)と同僚の松本(写真:One Goose提供)


主役の鍋岡和彦役を演じた皆川暢二氏(右)と田中征爾監督