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  連載 「一炊の夢」


南見和華

8月:「よろしく哀愁」

7月:「曲がり角」

5月:「配所の月」

4月:「春を待つ」

「他人の顔」 ― オールドベイリー ―

 英国の首都ロンドンのビジネスの中心街シティにオールドベイリーという名前の通りがある。市内を東西に貫く二つの通りを南北に結ぶ僅か200メートル足らずの通りだ。普通の観光客には知られていない。だが、英国人であればおそらくほとんどが知っている。そこに建つ「中央刑事裁判所」の代名詞となっているのだ。ロンドンでタクシーを拾い、「オールドベイリーまで」と頼むと、運転手によっては、「裁判所に行くのか?」と聞いてくる。

 私にとっての「オールドベイリー」は、英国駐在時代に5年間通ったオフィスのあった場所だ。威厳のある石造りの裁判所の建物の前だけ、オールドベイリーの通りが広場のように道幅が広くなっている。そこを挟んで真向かいに、石壁の白さが特徴的なビルが建っている、竣工して間もないそのビルの最上階から二つのフロアにオフィスはあった。日本からの駐在員と現地の職員があわせて二百名ほどが働いていた。視界を遮る壁がないオープンなフロアの隅の一角に私の所属する課があった。真向かいの裁判所がちょうど望める方角だ。私の席の後ろの小さい窓からは、裁判所の建物の最上部のドームと、その上に、右手に剣、左手に天秤を持って立つ正義の女神像が見えた。

 地下鉄セントラルラインの沿線に家を見つけた。シェークスピア時代の家のように白い漆喰の壁とむき出しの黒い柱や梁が特徴的なモックチューダー様式のテラスハウスが並ぶ住宅街の一軒だ。その家から地下鉄の駅までは、アーモンドの並木が続く家の前の道を通り、緑豊かな小道を歩けば数分だ。カーブした通りに沿って建つレンガ造りの小さな駅舎は、地下鉄のロゴと駅名がなければ見過ごしてしまうほど地味で目立たない。

 厚手のクレジットカード大の切符を購入して、シルバー色のごっつい自動改札機を抜けて駅に入り、それほど長くない階段を降りると、プラットホームに出る。そこでは、頭上に空が広がる。ロンドンの地下鉄の多くは都心を離れると地上を走る。ただ、プラットホームや線路は掘割になっており、そこを走る電車も含めて街からは隠れてほとんど見えない。通勤客で混み合うことのないプラットホームで電車を待つ。植栽が施された掘割の土手の緑に囲まれ、鳥の囀りが聞こえてくると、朝の通勤時間帯だと言うのに、どこか遠くの田園地帯にいるようなのどかさだ。

 ロンドン地下鉄の小さいトンネルの形状に合わせて上部が丸くなっている車両が揺れながらやってくる。原色の赤と青の色遣いのモダンな車両だ。車内に足を踏み入れると、床が木製だ。その木製の床には細い溝がびっしりと切ってある。その昔、車内喫煙が可能だった頃、この細い溝に煙草の吸殻が無数に落ちていた。座席は布張りで、全てに肘掛けがついている。行儀の悪い乗客がいても、一人で何席も占めて座るような真似はできない。西端の始発駅から二つ目のその駅から乗車すると、通勤時でも空き席があることがあった。電車に揺られて30分程で、セントポール駅に着く。名前の通りセントポール大聖堂の最寄り駅のその駅から、オフィスは歩いて数分だった。

 10月末に赴任した。一日一日、昼の時間が急速に短くなる時季だった。12月になると家を出る時はまだ真っ暗だ。オフィスに到着してもしばらく暗い。日の沈むのも早い。午後3時半にはもう薄暗くなってしまう。5時過ぎにオフィスを出ると、石畳の道に、ガス灯のような街灯が煌々と灯る。まるで、19世紀にタイムスリップしたかのようだ。

 その代わり、夏になると日が長い。夜9時半くらいまでは明るい。残業もなく帰宅した日などは、家に帰ってからまだ3時間以上も明るい。そんな時は、家の裏手にある芝生の庭に、簡易テーブルと椅子を持ち出す。庭は人の背丈より高い生垣で隣家と仕切られている。そこで、家族と一緒に夕食を取る。英国の夏は湿度が低く蚊がいない。戸外で過ごす夏の夕刻は快適だ。冷やした白ワインでも開ければ、ゆったりとした心豊かな時が流れる。

 オフィスは、午前9時始業。毎朝10時にティーレディと呼ばれる女性がワゴンを押してやってくる。レディといっても、気の良いおばさんだ。オフィス内を回り、紅茶かコーヒーを入れてくれる。紅茶を頼むと、「ブラック  オア ホワイト?」と聞かれる。ブラックはミルクなし、ホワイトはミルク入りだ。ホワイトを頼むと、次は、「シュガー?」と聞かれる。私は、砂糖抜きのホワイトを頼む。一度頼むと次からは、何も言わなくても同じものが出てくる。彼女達は、職員の好みを覚えている。たまの出張者でも、その好みを一度で覚える。ティーレディという職業にプライドを持っているのだ。朝、ひと仕事をした頃合いにやってきて、二言、三言、天候など他愛のない会話を交わし、オフィス内を回る。午後3時にもう一度ティータイムがある。どんなに熱い議論をしていようが、報告書作りに没頭していようが、ティータイムである。これが、英国式伝統というものなのだろう。私の赴任前に、会社側が業務効率改善のため廃止しようとしたらしいが、英国人職員の猛烈な反対にあい、存続となったとのことだ。

 英国駐在も何年かした頃、市内で打ち合わせを終え、オフィスに戻ろうとロンドンキャブを拾った。行き先を告げると、運転手が、「日本の会社か?」と聞いてきた。運転手の間で、東洋人がオールドベイリーへ行くと言ったら、裁判所ではなくその向かいの日本の会社だということになったらしい。

 英国駐在は、初めて家族を伴う海外駐在だった。貴重な経験だったが、楽しいことばかりではなかった。着任二年目には、国際投機筋が仕掛けた英ポンド危機に見舞われ真っ青になった。多大な労力と時間をかけ客先と好関係を築き、契約間違いなしと期待した案件を逃したりもした。他方、一国の首相も出席し、その国のテレビニュースで報道されるような場面も経験した。本店勤務では、時には徹夜となる連日の残業、何週間も家を空ける頻繁な海外出張など、家族を顧みる時間がほとんどなかったが、妻や子供達と一緒に過ごす時間もそれなりに取れた。任期を終え、後任者や後に残る駐在員に見送られ帰任する時は、寂しく思う気持ちも残しながらも、ある種の充実感に満たされて、家族揃ってヒースロー空港を飛び立った。

 本店に帰任後、新しい職務で多忙な日々が続いたが、しばらくして、英国に出張する機会を得た。
久しぶりのロンドンだ。

 ホテルにチェックインし、部屋に荷物を置くとベルボーイを呼びタクシーを捉まえた。「オーバイリー、プリーズ」と、ちょっとロンドンっ子の真似をして、「ベイリー」ではなく「バイリー」と発音してみる。

 勝手知った懐かしのオールドベイリーに到着だ。だが、すぐにはオフィスには入れない。ストリートレベルから階段を何段か降りる。アトリウムになっていて明るいグラウンドフロアに受付がある。ビジターは、そこに立ち寄らなければならない。身分証明書を提示し、面談相手を告げる。確認が取れると、ビジターカードを手渡される。

 胸のポケットにビジターカードをつけ、エレベータでオフィスフロアまで上がる。そこにはさらに会社の受付がある。そこに、人の顔と名前を覚えるのが得意な英国人のベテラン受付女性がいた。私に気が付くと、私の名前を呼び、「お帰りなさい」と声を掛けてくれた。懐かしさに言葉を交わす。だが、まだ、中には入れない。

 受付の裏手の待合室で待つと、担当者がやって来て、ようやくオフィスに招き入れられる。懐かしい光景が広がる、かと思いきや、フロアの配置がすっかり変わってしまっている。

 会議室での打ち合わせを終え、駐在時に私のデスクがあった場所を見せて欲しいと、面談相手に案内を頼む。すると、窓から中央刑事裁判所が見えたその場所は、壁で仕切られ閉鎖されていた。近寄ることもできない。英国オフィスの縮小に伴い、フロアのその一角は別の会社にリースされていたのだ。

 5年間通い慣れ、受付にも警備員にも顔パスで出入りし、我が家のように感じていた「私の」オールドベイリーのオフィスは、最早そこには無かった。建物は同じでも、すっかり別物だった。そこでは、私は多くの訪問者の一人に過ぎない。オールドベイリーのオフィスからすれば、「他人の顔」でしかないのだ。

 何年かして、また英国に出張した。立ち寄った英国のオフィスは、オールドベイリーにはなく、セントポール駅からひとつ隣の駅周辺に移転していた。地下鉄で向かったその新しいオフィスの受付には、顔馴染の英国人女性の姿もなく、インターフォンが置かれているのみだった。(了)