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  連載 「一炊の夢」 ―番外編戦―


南見和華

2020年
1月:「後ろ姿」

12月:「赤い服」
―男と女―

11月:「同期生」

10月:「他人の顔」

9月:「よろしく哀愁」

7月:「曲がり角」

5月:「配所の月」

4月:「春を待つ」

「微苦笑」

 「微苦笑」という言葉がある。
何となく、意味がわかるような、わからないような微妙な言葉だ。辞書には「微笑とも苦笑ともつかない笑い」とか「軽い苦笑い」と説明がある。大正から昭和の小説家で劇作家だった久米正雄の造語とのことだ。残念ながら、久米正雄の作品は読んだことがない。そんな訳で、どのような場面で、どのような必要性があって、この言葉を造り、使ったのかもわからない。

そもそも、普段の生活で「微苦笑」をする、ということがどれほどあるのだろうか。専ら小説等文芸作品で使用される言葉なのかもしれない。しかし、国語辞典に掲載されるくらいだから、一般に認知された言葉ではあるのだろう。

仕事柄色々な国を訪れた。その際、文化、風習、物の考え方の違いなどに触れ、思わず苦笑いしたことがある。色々な国の航空会社を利用した時の経験を思い起こしてみた。

 アフリカを出張していた時のことだ。
安全面や何かの時の対応なども考慮し、なるべく欧州の航空会社を使いたいと思っていたが、事情により現地の航空会社を利用しなければならないことも多かった。アフリカのある国の航空会社に搭乗したそんなある時、離陸後しばらくして、少し喉が渇き、何か飲みたくなった。客室乗務員は通路を行ったり来たりしているが、中々私に気付いてくれない。ようやく呼び止めて声をかけると、少し待ってくれと言われた。しばらく待つ。その間も、その乗務員は他の乗客から声を掛けられたりしながら、相変わらず通路を行ったり来たりしている。

こちらからもう一度声を掛けないと相手にしてもらえないようだ。脇を通りかかった時に、通路に身体を乗り出し気味にして、“Excuse me?”と強引に話しかける。
”Yes?”と返事をしてきたので、すかさず“Can I have beer?”とビールを頼んだ。すると“Yes, you can.“と言い、そのまま去って行った。

これでようやくビールにありつける、と、ほっとして待っていると、いつまで経っても出てこない。おかしい。待てよ、もしかして、先程のあの乗務員とのやり取りは、とりようによっては、私が「ビールを飲むことができるか?」と聞いたので、字義どおりに、「ええ、飲むことができますよ」と答えただけなのではないかと、思い至った。もう一度呼び止め、今度は、ビールが欲しい、と言ってみよう。次に乗務員が通りかかったところを捉まえ、”Give me beer, please?“と頼んだ。すると、ものの1~2分もしないうちに、缶ビールとプラスチックのグラスを持ってきた。

どうやら、私の見立ては正しかったようだ。国により言い方を工夫しなくてはいけない。微苦笑しながら、ようやく手に入れたビールをグラスに注いだ。

 ロンドン駐在時代、ダブリン便に搭乗し座席に座っていると、客室乗務員が何やらざわついている。
何かあったのか、と思ったが、機内におかしなことはない。ビジネスバッグから資料を取り出し読んでいると、乗務員の一人が、私のところに近づいてきた。”Excuse me?"と、話しかけてくる。
”Yes?"と顔を上げて答えると、”Are you a famous Japanese musician?”と聞いてきた。えっ、何を聞いてくるのか、と思えば・・・。”No.”と答える。すると、何の説明もなく、あっさり、”Sorry.”と言うと、前方に戻っていき、他の乗務員と何やら話を始めた。

おかしなことを聞くな、と思ったが、はっと気が付いた。その頃、日本の有名なジャズ奏者が、イギリスとアイルランドでコンサートツアーをしていたのだ。苗字だけでなく名前のイニシャルまで私と同じだったので、搭乗者名簿を見た彼女たちは、もしかしたら私がそうなのかもしれないと思ったのに違いない。そのミュージシャンはだいぶシニアなので、人違いをすることもなさそうだが、私の薄くなった髪が彼女たちを迷わせたのだろう。それで、乗務員の間で話題となり、そのうちの一人が私に確かめに来たようだ。私は微苦笑しながら、手元の資料に目を移した。

 同じくロンドン駐在時代のダブリン便の話。
ある日夕刻になってから、急遽、アイルランドに出張しなくてはいけなくなった。通常その時間になっての便はない。明朝一番の便で向かうしかないな、と思いながら、旅行代理店に連絡すると、何と夜の便が見つかった。席が取れるというので、すぐ予約した。

ダブリン便は、通常ヒースロー空港から出る。少し変わった便でもロンドン第二の空港であるガトウィック空港だ。だが、その便は市内から少し離れたスタンステッド空港から出ると言う。珍しいな、と思いながら、オフィスから鉄道で空港へ向かう。後にも先にも私がこの空港を使ったのはこの一度だけだ。

搭乗すると、何やらおかしい。私の座席は最前列だったが、後ろは全てラグビーのイングランドチームのサポーターだった。既にアルコールが入っている者も多く、皆で応援歌などを歌っている。翌日ダブリンで行われるイングランド対アイルランドの対抗戦の試合を見に行くのだ。おそらくサポーター用のチャーター便だったのだが、突然空き席ができ、私を拾ったものかと思われた。飛行している間も、益々盛り上がる。あちこちで数人が時折立ち上がり肩を組んで歌う。すっかりお祭り気分だ。静かにするように、と何度か機内アナウンスがあるが言うことを聞かない。

夜のフライトは、酔っ払いの歌声と賑やかな談笑を乗せ、ダブリンへと向かう。サポーターに手を焼いている客室乗務員が、私のところにやってきて、「うるさくて申し訳ない。大丈夫か?」と聞く。狭い飛行機の中、逃げ場がある訳もなく、私は、「問題ありません」と微苦笑しながら答えた。

 ベルリンの壁が壊れて間もない頃、以前社会主義だった東欧のある国へロンドンから出張した帰りの便のことだ。
英国航空の便が取れず、その国の航空会社を利用した。搭乗した機材は、よく落ちると、あまり評判の良くない元ソ連製のものだった。小さい機体に薄っぺらな座席の背もたれや頭上の狭い荷物棚など、いかにも造りが粗末だ。

もうすぐ到着という頃、最後尾にあるトイレに入った。便座にすわると、機密性が低く、まるで機外にいるかのようにゴー、ゴーと大きな飛行音が聞こえる。冷たい風がスー、スーしている気がする。この飛行機は大丈夫か?何とか無事に到着してくれるだろうか、と少し不安になる。まさか、墜落してしまって、便座に座ったこの恰好で発見でもされたら・・・そんなことになったら、さぞかし、みっともないだろうなあ、と、トイレの中で一人微苦笑した。

 米国出張から日本への帰路、アメリカの航空会社の便に乗り、食事を摂った。
乗務員がグラスにカリフォルニアワインを注いでくれた。エチケットと呼ばれるワインラベル収集を趣味としている私は、乗務員にその旨を告げ、「空になったら、ボトルを貰えないか」と頼む。家に持ち帰りラベルを剥がすのだ。
”Ah, yes, sure.”と快く返事をしてくれた。

もうすぐ成田空港に到着しようかという頃、乗務員がやってきた。手にはワインボトルが入っていると思われる袋を持っている。
”This is yours.”にこにこしながら、私に袋を手渡す。”Thank you.”と答え、受け取ると、ずしりと重い。あっ、これは、空のボトルではない。
”Enjoy."乗務員は、茶目っけたっぷりに、にっこり笑うと立ち去った。

栓していないフルボトルをくれたのだ。ちょっとしたサプライズギフトだった。私は微苦笑しながら受け取った。実は、免税枠一杯のワインを既に購入済みだ。成田の税関で申告しなくてはいけない。成田からひと仕事の東京西部の家までの帰路の荷物も重くなるな、などと思いながらも、乗務員の好意を有難く頂戴した。

 いくつか思い起こしてみたが、果たして「微苦笑」という表現がふさわしい経験だろうか?
他にはないものかと記憶を辿る。気が付くと、夜も更け午前二時を回っている。真夜中に一人、「微苦笑」した経験を探しているなんて、何をしているものやら、と、我ながら滑稽に思え、ふっと口元が緩む・・・あっ、これが「微苦笑」なのかもしれない。(了)