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モントローズでメモリアルデー
日本人コミュニティを築いた
パイオニアを偲ぶ

• 日本人・日系人のためのメモリアルデー・サービスが5月26日、シカゴ市北部にあるモントローズ墓地で行われた。毎年サービスを提供しているのはシカゴ共済会で、同会は日本人を埋葬する墓地を確保し、お金もなく身寄りもなく死亡した人々にも礼を尽くして埋葬できるようにと1935年に設立された。
• 司会を務めた日系三世のロバート・クマキ氏は「モントローズ墓地は日系コミュニティの友人であり続け、今では2,000以上の家族や個人がここに眠っている。私の家族も二世代に亘ってここに埋葬されている」と述べ、差別があからさまだった時代に唯一日本人の埋葬を受け入れてくれたモントローズ墓地に触れた。また、クマキ氏は「今日は先人に敬意を表すだけでなく、メモリアルデーのサービスが毎年できるように共済会を設立した人々の精神を思い出す日。米国ではこのホリデーの意味を考える人が少なくなっているが、このようにして先人達に敬意を表す日系コミュニティを誇りに思う」と述べた。

• サービスでは退役軍人の会「シカゴ二世ポスト1183部隊」によって国旗が立てられ、ヒロユキ・ヒルヌマ牧師による祈り、パティ・ナカイ住職を始めとする仏教会連盟による読経、竹内正教氏による祈りが捧げられた。
• チェルシー・ヒカワ&クリスチャン・クワイヤーによる “River Songs”“Sweet By and By”や、そよかぜコーラスによる“なだめ”“花は咲く”“ふるさと”など、爽やかな歌声がモントローズ墓地に響き、静かに眠る人々を慰めた。
• 最後に日本・日系団体の代表により献花が行われた。

• 墓参りの人々

● 墓地ではジョージ&ユーニス・ワタナベ夫妻が、友人のデイヴィッド&ジョアン・タカダ夫妻と共に両親の墓を訪れていた。第二次世界大戦中、ワタナベ氏は日系人強制収容によりコロラドのアマチ収容所に住んでいた。一方ワタナベ婦人は、日本を否定し米国にあくまでも忠誠を誓う質問書が実施された後、トゥリーレイク収容所からアマチのワタナベ氏と同じブロックに送られ、同氏と出会った。質問書は当時の人々にとって過酷な2つの条項があり“踏み絵”として知られている。これらの条項に“No”と答えた人々は“No-no boy”と呼ばれ、多くがトゥリーレイク収容所に集められた。
• 戦後、ワタナベ氏とタカダ氏はイリノイ大学シカゴ校に学び、ワタナベ氏は建築家に、タカダ氏はエンジニアとなった。ワタナベ氏は同大学内にある図書館で働き、コロラド・スプリングにある空軍アカデミーのビルディング設計に従事した。
• 現在ワタナベ氏はアーリントンハイツ在住、タカダ氏はエヴァンストンを経てカリフォルニアに在住。両家はかつて、しばしば昼食を共にしていたと語った。

● キース・モリさん一家は母親の墓参りにやって来た。墓標にはDr. Ayako Mori, 1931-1995と刻まれていた。
• モリさんは母の思い出を「オールド・ファッションの典型的な日本人」だと語る。母は戦後に渡米、モリさんは3年生になるまで妹と共に祖母に育てられた。「母は女一人で子供2人を育ててくれました。先祖を大事にすることも教えてくれました。バチが当たるってね」とモリさんは話し、母を偲んだ。母は指圧を教える一方、お茶、お花、着物の仕立てなどを教えていた。

● ジョアナ・ウォングさんは夫のウィリーさんと共に、2005年に亡くなったジョン・タキモトさんの墓を訪れた。タキモトさんとは同じ教会のメンバーで「いつも笑顔で人を助ける人だった」と故人を偲んだ。ウォングさん夫妻はタキモトさんの隣に墓地を購入しており、「隣同士だから、ちょっとご挨拶にね」とジョアナさんは語った。

• 共済会ではアフォーダブルな値段でモントローズの墓地を販売してくれる。購入に関心のある人は、カレン・カネモト氏まで。773-907-3002











Robert Kumaki


George and Eunice Watanabe, and Joan Takada


Mori family


Juana and Willie Won