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ゴジラの祭典“G-FEST”
メカゴジラの逆襲の主役
藍とも子と佐々木勝彦を迎えて

• ゴジラや怪獣ファンの祭典“G-FEST”が7月11日から13日までの3日間、ローズモントにあるクラウン・プラザ・ホテルで開催され、全米からファンが結集した。
• 今年のゲストは「メカゴジラの逆襲」(1975年)で主役を務めた藍とも子さんと佐々木勝彦さん、「地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン」、「ゴジラ対メガロ」以外のゴジラ映画すべてに撮影助手として関わった川北紘一さん、怪獣映画のミニチュア・セットやフィギュア(造型)作りで有名な寒河江弘さんなど多彩な顔ぶれで、日本人学生による怪獣自主制作映画も紹介された。

• 今年で21周年を迎えたG-FESTは、カナダの高校の教師でゴジラファンだったJ・D・リーズ氏がゴジラファン向けにニュースレターを発行したことに始まる。1993年に初めて発行された“G-FAN”は、たちまち全米のゴジラファンに広まり、翌年には約20人の有志が初めて集まった。そこでフル・コンベンションをやろうという話がまとまり、1995年にはアーリントンハイツのラディソン・ホテルで第二回目のG-FESTが開催された。G-FEST年々大きくなり1,000人を超えるファンが集まるようになった。2004年からはローズモントのクラウン・プラザ・ホテルで開催されている。最終的に同地が選ばれたのは、全米から集まるのに都合がよいオヘア空港に近いため。40代、50代が中核を成すゴジラファンは子ども達を連れてくるようになり、次世代のファンも育っている。
• J・D・リーズ氏のメッセージによると、昨年は出席者数で過去最高を記録し、今年はその記録を塗り替える出席申し込みがあったという。また、同ゴジラ・コンベンションに企画を持ち込むボランティアの数も増えており多くの積極的な参加を喜ぶ一方、家庭的な温かさを失わず多くのファンを満足させるコンベンションであり続けたいと30年台に入ったG-FESTの抱負を語っている。

• 会場ではゲストによる講演会やサイン会、怪獣映画上映会、アマチュア・ビデオ・コンテスト、ビデオ・ゲーム、ミュージック・ビデオ・コンテスト、アート・ショー、特撮、モデルコンテスト、怪獣工作クラス、コスチューム・パレードなど、数々のイベントが行われた。また、今年はゴジラ映画の音楽を作った伊福部昭氏の生誕100年を記念し、コンサートも行われた。

• 伯父さんにゴジラ映画を見せてもらいゴジラファンになったフランク・ハフナジルさんは自主映画製作を学んでいる。今年は父親のフランク・ハフナジルさんと共にニューヨークからG-FESTに参加した。
• マーク・グロッサーさんとエリカ・ケンダルさんは子供の頃からのゴジラファンで、ケンダルさんは「いつからとは思い出せないけれど、いつもゴジラが身近にいた」と話した。
• 二人は日本やアニメにも興味を持ち、ローズモントで行われるアニメ・セントラルにも参加している。インディアナ在住の2人は今年初めてG-FESTに参加した。大学の職場で知り合ったという2人は「ゴジラというよりも日本が私達を結びつけることになりました」と語った。

• 想い出を語る
• 藍とも子さん

• 藍さんはウルトラマンレオに松木晴子隊員役で準レギュラーとして出演していた。「メカゴジラの逆襲」のオーディションでは松木隊員の衣装を着たまま駆け込みで参加し、採用された。非常にチャーミングな藍さんは、佐々木勝彦さん扮する一之瀬明と恋に落ちる科学者の娘、桂(かつら)役。実験中の事故で死亡した桂はサイボーグとして生き返らされ、怪獣を繰るコントローラーを埋め込まれる。講演会では撮影時の思い出の数々を語った。

• Q:本多監督の想い出は?
• 藍:G-FESTに来る4日前に監督の自宅に行って、奥様と話してきました。鬼の黒沢・仏の本多と言われて、やさしくて怒らない監督でした。私の場合は半分ロボットという難しい役だったので、「ここは人間だよ、ここはロボットだよ」とそこのメリハリだけで、演技指導は殆どありませんでした。

• Q:桂の父親役の平田昭彦さんはどんな人?
• 藍:撮影現場では他の役者さんと話をした記憶がありませんが、平田さんだけが私にかまって下さった。一回だけ食事に連れて行って下さり、「女優とはこういうものだから、これから頑張りなさい」と励ましてくださいました。
• 平田さんは自分を阻害した社会に恨みを持つ科学者の役だったのでメイクが凄く「君も笑えないけど、僕も笑えないんだよ」と言われていました。

• Q:相手役の佐々木勝彦さんは?
• 藍:今回G-FESTに来る時、成田空港で40年ぶりに会いました。撮影当時は一言も口を利いてくれなかったので「なぜ?」と訊いたら、「そういえばしゃべった覚え、ありませんでしたね」と言われました。(笑)

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• 「メカゴジラの逆襲」は1975年3月に公開されたゴジラシリーズの第15作。日本では観客動員数97万人とゴジラシリーズのワーストを記録したが、海外では評価された。しかし、怪獣映画ブームが下火になり始め、メカゴジラの逆襲が昭和ゴジラシリーズの最後となり、1984年に平成ゴジラシリーズが始まるまで9年間休止となった。
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• 祖父から三代
• ゴジラ映画に出演
• 佐々木勝彦さん

• Q:1973年の「ゴジラ対メガロ」はいかがでした?
• 佐々木:ゴジラ映画をどうしようかという時期だったので、低予算でがんばろうということで製作されました。
• 映画は夏か秋の設定でしたが、真冬に富士山の近くの湖で撮影しました。とても寒くて、ショートパンツ姿でボートを漕いでいた小さな子供達がヒイヒイ言っていましたね。私も寒くてセリフが言えない。それで監督がウィスキーを持ってきました。酒を飲みながら撮影したのは、あれが最初で最後ですね。
• 日本では98万人の観客動員数でしたがアメリカで評価されていて、これにはびっくりしました。とても嬉しいです。海外でヒットして東宝としては損はしなかった訳ですから、日本でももっと評価されても良かったのではないかと思います。
• あの映画はどう演技すればお客さんに喜んでもらえるか、それを考える原点に帰る映画でした。ですが、メカゴジラの逆襲の方が多くの想い出がありますね。

• Q:藍さんと話をしなかったそうですね。
• 佐々木:私は新婚だったので、藍さんに目が行かなかった。撮影が終わるとすぐに帰っていました。今思うと惜しいことをしました。

• Q:お祖父さんが佐々木孝丸さん、お父さんが千秋実さんで、三代に亘ってゴジラ映画に出演されていますね。役者になろうと思ったのは?
• 佐々木:法政大学経営学部を卒業しましたのでサラリーマンになるつもりでした。でも芝居に興味があり、父の運転手をアルバイトでやっていました。
• 吉永小百合さんと共演する機会があり、それを見たプロデューサーが東宝の専属にならないかと声をかけてくれました。
• 役者になろうと本当に思ったのは「海軍特別年少兵」です。13歳から14歳の少年が兵隊に取られる重いテーマの映画でした。私は英語の先生の役だったのですが、監督が「素晴らしい、これからも頑張りなさい」と言ってくれて、役者をやろうと思いました。

• (フルストーリーは7月25日号でお読み下さい。


突然現れて講演会場を驚かせる怪獣ファン.


フランク・ハフナジル父子


マーク・グロッサーさんとエリカ・ケンダルさん


特撮についての説明会

今もチャーミングな藍とも子さん


俳優・佐々木勝彦さん


生誕100周年を祝う伊福部昭コンサートのポスター