日本語メインに戻る
シカゴ・ジャパニーズ・
ミッション・チャーチが献堂式

• 2010年の鍬入れ式以来建設が続いていたシカゴ・ジャパニーズ・ミッション・チャーチがアーリントン・ハイツに完成し、9月14日に献堂式が行われた。キリスト教会が日本人の手によって、一から建設されるのは北米で初めて。
• 同教会の小針勇吾牧師は「会堂の60%は献身的なボランティアの手によって建てられた」と話し、「この建物を通して日本語を話す人々に御言葉を伝える」と述べた。
• ビジネスマンだった小針牧師は、ある出来事を切っ掛けに牧師になろうと決めた。神学校を出た小針牧師は生活必需品を車に積んで、1996年にシカゴにやって来た。以後、韓国のアンドリュー・キム牧師のシャンバーグ教会を借りながら、ピアノが上手な恵子夫人と共に日本語の教会を開いた。日本語を話す人が集う教会を作りたいと思った小針牧師は24 E. Seegers Rs., Arlington Heights, ILに土地を買い、2010年3月の雪の中で鍬入れ式を行った。以来4年半の間に数々の苦難を乗り越え、絶対に建たないと言われた教会を建て、遂に教会堂を神に捧げる献堂式を迎えた。

• 献堂式ではシカゴ牧師会の理事、安納義人牧師が開会祈祷を行った。
• 続いて、鍬入れ式にも出席したアーリン・マルダー前アーリントンハイツ市長が祝辞を述べた。マルダー前市長は「小針牧師は私の市長室に何度もやって来た。この教会を建てるために、すべての力と信仰と努力を注いでいた。どれ程の苦難があったことかと思う」と話した。またマルダー前市長は、アーリントンハイツには多くの日本人の関与があると述べ、シカゴ双葉会日本語学校の生徒の礼儀正しさやミツワの経済貢献、日本訪問、またMETRAから160車両を受注した日本車輌USAが本社を置いていることなどを話し、献堂式に参列したことを誇りに思うと語った。
• 小針牧師は「マルダー市長はこの教会を建てるために、私の英語を耳に手を当てて聞いてくれた。市長の愛に満たされた性格が、私に大きな喜びを与え支えてくれた」と話した。

• 小針牧師は牧師になろうと決心し、日本にいる両親に話したところ父に勘当された。しかし、10年後に許してくれた。その父は死の1週間前に小針牧師によって洗礼を受け旅立った。小針牧師は父が旅立つ前に言った「できないと言うことを絶対に口にするな」という言葉が忘れられないという。「父は聖書を読んだことはなかった。しかし、神によって総てのことができるという事を、なぜ父が知っていたのだろうか。この建設に携わって、何度やめようと思ったか分からない。その度に父の言葉に励まされた」と小針牧師は語った。

• フルストーリーはシカゴ新報10月10日号でお読み下さい