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田峯歌舞伎がシカゴに
寿三番叟と土蜘蛛を熱演

• 地域住人総がかりで歌舞伎を温存している愛知県設楽郡田峯から、田峯小学校の生徒5人を含む歌舞伎の一団がシカゴを訪れ、11月20日にはイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校のクラナートセンターで、22日にはスコーキーにあるナイルズ・ノース高校で歌舞伎公演が行われ、地元から多くの観客が集まった。
• 歌舞伎公演は、イリノイ大学で英語によるイリノイ歌舞伎を創り上げた佐藤昌三名誉教授の歌舞伎紹介で始まった。

• 柳井啓子在シカゴ首席領事は、田峯では3世紀以上に亘って歌舞伎が続いており、小学生の子ども達が田峯の伝統文化継承のために歌舞伎をやっていることでも有名だと紹介した。また柳井首席領事は、田峯小学校では約90年前に日米友好親善のためにシドニー・ギューリック牧師から贈られた青い目の人形が保存されており、25年前に人形の故郷オハイオ州デイトンに人形を里帰りさせたことが田峯歌舞伎公演の始まりとなったと説明、「これによって新しい伝統が生まれ、以来25年間近く、中西部の人々を歌舞伎で楽しませてくれています」と語った。

• 田峯小学校の夏目貴司校長は青い目の人形グレース・A・グリーンを抱いてステージに上がり、この人形が縁で米国での歌舞伎公演が始まり、文化交流プログラム「ブルー・アイ・ドール・グラスルート・インターナショナル・エクスチェンジ」が始まって以来、人形は9回里帰りしたと挨拶した。

• ギューリック牧師によって日本に贈られた約12,000体の青い目の人形は日本全国の学校に配られたが、第二次世界大戦中に日本政府から破壊命令が出され、多くが破壊された。田峯小学校では当時の校長が秘かに人形を隠し、破壊から護った。その人形が1980年代に発見されたという経緯がある。

• 歌舞伎公演では小学5年生と6年生による「寿三番叟」と、大人たちによる「土蜘蛛」が上演された。土蜘蛛には4年生が太刀持ち役として出演した。

• 土蜘蛛の衣装は佐藤昌三氏が田峯に寄贈したものだった。イリノイ大学で40年間使っていたものだが、佐藤氏の引退により学生による歌舞伎はできなくなった。佐藤氏は中村勘三という名前を持っている。
• 佐藤氏は「田峯の皆さんは上手いでしょう。要点だけを教えれば出来てしまう。さすがだと思いますね」と語った。

• 客席には意外な人物、日系マジシャンとして有名なボブ・ヒガ氏の姿があった。イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校に学んだヒガ氏は1970年代半ばに佐藤氏のクラスを取っていた。ヒガ氏は「私は俊寛という歌舞伎をやったことがあります。また、佐藤先生と他の7人の生徒と一緒に日本に勉強に行ったことがあります」と思い出を話し、仕事と歌舞伎の関係について「浦島太郎について習ったことがあります。ラスベガスのホテルでマジックをやる時それを生かして、歌舞伎と西洋のマジックをあわせてステージをやったことがありますよ」と
• 語った。
• 楽屋には佐藤氏の元生徒で、ミュージカル「ミス・サイゴン」の主役を務めたマイケル・フラニガン氏も来ていた。

• 佐藤氏の人脈他、田峯歌舞伎の米国公演を可能にしているのがビジネスマンの平松裕氏だ。
• 平松裕氏は、愛知県で中学の教師を務める大学時代の友人に依頼されて世話を引き受けた。学校交流を実現させるため、ウェブサイトを頼りに交流先の小学校を探したところ、アーリントンハイツの教育委員会が受け入れを申し出てくれた。その中で、かつてJETプログラムに参加し日本語を話すウィンザー小学校のシーゲラック教頭が交流校として名乗りを上げてくれた。歌舞伎公演は、ウィンザー小学校よりもスペースにゆとりのあるサウス・ミドル・スクールで行われていたが、今回はナイルズ・ノース高校が場所を提供してくれた。

• (フルストーリーはシカゴ新報12月5日号でお読み下さい。)


土蜘蛛を演じる田峯の皆さん。職業は教員、農協職員、会社員、郵便局員、警察署員といろいろ。
小学6年生による三番叟


土蜘蛛とその化身を演じる七原逸樹さん

佐藤昌三氏とマイケル・フラニガン氏

土蜘蛛で侍を演じる熊谷浩一さん

田峯の皆さんと協力者の皆さん。佐藤氏の左斜め後ろが平松裕氏。