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オノ・ヨーコが鳳凰殿跡地に
オブジェ「SKY LANDING」を

• 日本建築や文化に造詣が深いロバート・カー氏が長年に亘って鳳凰殿にまつわるレガシーを復活させようと尽力している。120年の歴史を反映させる「プロジェクト120シカゴ」やフェニックス・ガーデン基金を立ち上げ、シカゴ市やシカゴ・パーク・ディストリクトを動かし、既に4組織によるフェニックス・ガーデンの復活工事が始まっている。
• 鳳凰殿が建っていた場所にはオノ・ヨーコ氏のデザインにより、2つの大きな盛り土ができあがっている。SKY LANDINGはその間に置かれることになる。

• プロジェクト120シカゴのプレジデントのロバート・カー氏は「日本には、鳳凰が降り立てば平和と繁栄の新しい時代が始まるという伝説がある」と紹介し、120年以上に遡るフェニックス・ガーデンの歴史に触れた。
• 日本は、西洋建設物が建ち並ぶコロンビア博会場の中心にあるWooded Islandに鳳凰殿を建てる許可を得た。日本で作られた鳳凰殿は海路・陸路を経てシカゴに着き、日本の大工らの手で組み立てられた。
• コロンビア博の開幕に先立つ1893年3月31日にアメリカ側の来賓を迎えて鳳凰殿の完成式が行われた。この時に日本派遣団を率いていた手島精一氏が日米友好の印、日本文化の理解促進のために鳳凰殿をシカゴ市に寄付したいと申し出た。当時のサウス・パーク・ディストリクトのプレジデント、ジョセフ・ダーナーズバーガー氏がこれを受け入れ、以来シカゴ市は日米関係の動揺を反映させながら、120年以上に亘って鳳凰殿一帯を維持して来た。12日の式典にはダーナーズバーガー氏のひ孫のデイビッド・ダーナーズバーガー氏も出席した。

• カー氏は「還暦」についても説明し、フェニックス・ガーデンの最初の60年は建設と破壊、次の60年は日米協力の時代、そして新たな歴史がSKY LANDINGと共に始まると語った。現在工事中のフェニックス・ガーデンは来年6月に完成し、一般に開放される。オノ氏のSKY LANDINGは来夏までに設置される予定。
• オノ氏は「この場で多くを学んだ」と述べ「日本人はシカゴと日本との間で何が起きているか、過去に何が起きていたか殆ど知らないが、これから知ることになるでしょう。私達は何か10倍ぐらいのお返しをしなければ」と語った。
• 年に一度は日本に帰るというオノ氏は「シカゴのものを何か絶対に持って行きたい」、「次の60年、このプロジェクトのために一生懸命やります」と語った。カー氏によると、オブジェはオノ氏が自費で製作する。

• 式典にアメリカ側代表として出席したマイケル・モスコー氏は長く続く西洋と東洋の協力の遺産を祝った。
• シカゴ日米協会会長やシカゴ・カウンシル副会長を務めるモスコー氏は、25年前には緊迫する日米貿易交渉に当たっていた。アジア太平洋地区でアメリカ人が最も信頼しているのは日本だというシカゴ・カウンシルの調査結果を例に挙げ、現在の日米関係はあの頃と違い、今までになく重要になっていると語った。また、オノ氏のSKY LANDINGは、シカゴと日本の関係や、日米協力、尊敬、友情を築く上で重要なもう一つのものを加えることになるだろうと語った。

• オノ・ヨーコ氏と共に会場に現れたラーム・エマニュエル・シカゴ市長は「ヨーコ・オノのオブジェがアメリカで唯一、シカゴに置かれることは最高の名誉だ」と述べ、謝意を表した。また、フェニックス・ガーデンはオバマ大統領博物館建設候補地の近くにあり、シカゴ・サウスサイドの2大観光地になるだろうと語った。また、オノ氏の存在とオブジェは過去の教訓を元に未来を築くガイダンスになるだろうと語った。

• 岩藤俊幸在シカゴ総領事は「エマニュエル市長の出席は、この特別な場所がシカゴの人々に重要であり、日本とシカゴの緊密な関係にも非常に重要だという確かなメッセージだ」と述べ、1872年の岩倉ミッションに始まった日本とシカゴの関係がコロンビア博へのドアを開き、シカゴの人々によって日本の文化を経験できるフェニックス・ガーデンがもたらされ、元の素晴らしい場所に戻ろうとしていると語った。
• また、オノ氏のSKY LANDINGが多くの観光客を呼び、日本でもシカゴの存在が大きくなるだろうと話し、「120年のこの地が2度目の生まれ変わりを経験しようとしている」と語った。

• ロバート・カー氏によると、オノ・ヨーコ氏にとってシカゴは特に想い出深い街だった。1970年代にジョン・レノンと共にシカゴを訪れたオノ氏は、氷が張ったミシガン湖のほとりを歩いた時にミシガン湖が自分の人生のようだと感じ、後に「Walking on the Thin Ice」を作った。レノンは1980年12月8日に殺害され、ジョンとヨーコが共に録音した最後の曲となった。Walking on the Thin Iceは1981年にリリースされた。


Robert Karr, President of Project 120 Chicago, escorts Yoko Ono after she made a speech at the Grand Healing Ceremony.


Yoko Ono’s SKY LANDING will be installed between the pair of grassy mounds where the Phoenix Pavilion was built in 1893.


Robert Karr and his family stand beside an old toro lantern which
has been standing there since the Colombian Exposition in 1893.

Robert Karr, President of Project 120 Chicago


Chicago Mayor Rahm Emanuel


Consul General Toshiyuki Iwado


Michael Moskow, Vice Chair of the
Chicago Council on Global Affairs



Miyumi Project and Tsukasa Taiko