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東日本大震災から5年
絆5:若者の声を通して今日の東北を伝える

• 東日本大震災から5年を記念する追悼イベント「Kizuna 5: Voices of the Youth」が3月6日、シカゴ・カルチャラル・センターで開催され、約300人が参集した。
• 今年2月10日付けの警察庁の発表によると、同震災による死者数は1万5,894人、行方不明者数は6,152人となっている。

• シカゴ国際姉妹都市大阪委員会の野毛洋子共同委員長が2012年に「シカゴで何かしなければ」とイニシアティブを取り絆写真展を開催。以後毎年、絆写真展と追悼式典を開いて来た。
• 野毛氏は「今日に限らず、常に私達は東北の人々と団結してきました。記憶は薄れても忘れてはならないこと」と話し、我々は東北の人々の話を伝え、最新情報をシカゴ、さらには世界の人々に発信するメッセンジャーでありたいと語った。

• 岩藤俊幸在シカゴ総領事は「日本で起きたことを忘れてはならない。それから学ぶことによって世界は自然災害に対してより良い準備を進めることができる」と述べた。
• また、シカゴ、イリノイ、米国、世界からの支援に謝意を表した岩藤総領事は、東北の復興は10年計画の道半ばにあり東北の将来は若者の手にかかっていると話し、「250の若者達のビデオを見て欲しい。彼らの復興への熱意、献身、そして若者らしい楽観的な笑顔を見ることができる」と語った。
• 同追悼式典では250のメッセージ・ビデオから5つが紹介された。
• 全メッセージはインターネットbit.ly/1QRQSVgで見ることができる。

• シカゴ日米協会の前プレジデントで絆プロジェクトの早期支援者だったエド・グラント氏は「トモダチと絆という2つの言葉は、シカゴと日本の関係の多くを物語っている」と述べ、「今日は、東北の復興支援のメッセージを新たにする日」だと述べた。
• また、グラント氏は絆プロジェクトを継続して来た野毛洋子氏の強力なリーダーシップを称えた。

• ラーム・エマニュエル・シカゴ市長の代理として出席したリサ・コーンク氏は「2016年3月11日を日本震災追悼の日とする」という市長のメッセージを伝えた。
• また、絆5の名誉会長となっているブルース・ラウナー州知事は、代理のデニス・ジュング氏を通じ、日本の被災地を思うメッセージを伝えた。

• 会場ではシカゴ仏教会のパティ・ナカイ住職が、大震災の犠牲となった人々のために読経し霊を慰めた。
• また、日英両語で幼児教育を行うモンテッソーリ・ランゲージ・アカデミーの生徒達が東北の生徒達のために歌い、同時に福島にある桜の聖母学院の生徒達がシカゴに向けて歌うビデオが上映された。

• 仙台在住の写真家で復興の様子を撮り続け、絆写真展にも写真を提供している宍戸清孝氏がシカゴを訪れ式典に出席した。また、東北を何度も訪れ絆写真展に写真を提供している写真家でフォト・キューレーターのジャマソン・チェン氏(ロヨラ大学)も挨拶に立った。

• 続いてレスリー・ジュリアン氏が「113プロジェクト」を紹介した。これは一連の東北を紹介するドキュメンタリー短編フィルムで、被災者の希望や忍耐強さ、美しい東北の景色や温かい人々の表情などを豊かに表している。
• ジュリアン氏は2010年までJETプログラムを通して宮城県で英語を教えていた。2011年3月11日に行われた学校の卒業式に招待されて出席し、東日本大震災に巻き込まれた。一旦米国に帰国したジュリアン氏は何度も宮城に戻り、地元の人々を描くドキュメンタリー・フィルム「東北友」を製作、シカゴやその他の地区で上映を繰り返した。同ドキュメンタリー・フィルムはIDFAの1位となった。
• 113プロジェクトはwww.113Project.orgで見ることができる。

ビデオ・メッセージ・プロジェクト

• シカゴ生まれの藤平明彦は福島で英語教師をしている時に震災に遭った。福島の人々を残して帰国できないと在留を決め、ボランティア活動に献身していた。現在は桜の聖母学院の英語教師をしながら被災地の支援を続け、シカゴとの関係も保っている。
• この様な背景から震災5周年に当たり、東北の生徒達の生き生きとした声をシカゴや世界に発信したいと絆5チームに提案した。藤平氏が同校でメッセージを集める一方、同チームのジャマソン・チェン氏や白石早美氏が東北を訪れ、学校を回ってビデオ・メッセージを集めた。シカゴではボランティアの人々がビデオの編集に当たり、オンラインでメッセージを流すことが可能となった。サイトはbit.ly/1QRQSVg。

• ビデオ・メッセージを送った250人の一人、尾形智志君が宮城県気仙沼市から5周年追悼式典に出席した。
• 尾形君は震災発生時、中学1年生だった。幸いにして家族や友人、家は無事だったが、津波に流された家々の屋根が瓦礫となって自宅のすぐ前まで押し寄せていた。
• 尾形君は高校でテニス部に属していた。その関係で幾度か気仙沼を訪れていたシカゴのテニス・チャリティーグループ「ブシカゴ」の今井誠氏と知り合い、今回招待されることになった。旅費や宿泊費はブシカゴで集めた基金から出してくれたという。
• 尾形君は3月1日に高校を卒業し、富士重工に就職が内定している。絆5のボランティアの世話で、インディアナ州にあるスバル自動車工場を見学することになった。
• また、尾形君をシカゴまで連れて来た写真家の宍戸氏は、日系二世の442部隊に深い関心を持っており、シカゴ在住の442部隊退役軍人2人にインタビューすることができた。絆プロジェクトは追悼式典や写真展だけでなく、人々の絆も広げている。

• 尚、絆5はシカゴ国際姉妹都市大阪委員会主催、シカゴ日米協会、在シカゴ総領事館、シカゴ日本商工会議所、国際貿易振興機構シカゴ事務所の共催、日米企業や団体、個人の支援によって開催された。


絆5:東日本大震災5周年追悼イベント会場

東北から若者の声を伝えるビデオ

東北から若者の声を伝えるビデオ

シカゴから東北へ歌を届けるモンテッソーリ・アカデミーの生徒達

東北から絆5追悼記念式典に参加した尾形智志君(右)と
岩藤俊幸総領事
野毛洋子氏


岩藤俊幸総領事


エド・グラント前日米協会プレジデント