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アニメシカゴ・シンポジウム
アニメに見る変容、
田舎への望郷と消滅、人種差別

• アニメシカゴのシンポジウム・シリーズ「アニメとマンガにおけるトランスフォーメーション」が4月2日、在シカゴ総領事館広報文化センターで開催された。アニメシカゴは10年以上前にウェブサイトで始まり、クラブに発展した。今や約700人の会員がおり、毎月会合を開いている。同シンポジウムの開催は2回目で、アニメやマンガの領域についてオープンでアカデミックなディスカッションをするのが一つの目的となっている。

• 会場には指でつまめるフィンガー・フードやスナックが用意され、地元の醸造家アダム・アッシャー氏とジョッシュ・シマンスキー氏によるダークチョコレート・フレイバーやラズベリー・フレイバーなど5種類のビールが提供された。
• シンポジウムでは、アニメキャラクターの外的・内的変容についての分析、コスプレにも現れる人種差別の根深さ、肌をあらわに出すアニメキャラクターと相反する感情、日本の過疎化が進む田舎を舞台にしたアニメに見る望郷の念、切望、不安、怖れについての分析発表、意見交換が行われた。

外的・内的変容についての
ヴィジュアル分析

• ルーベン・ロザリオ氏は外的変容については「東京グール」を、内的変容については「魔法少女まどか☆マギカ」をモデルに発表した。

• 「東京グール」は、人肉を喰らう怪人「喰種(グール)」の臓器を移植されグールのハーフとなったカネキを主人公にしたマンガで、後にアニメに製作された。カネキは人間としての尊厳を持ちながらもグールとして生きなければならず、仲間との戦いや追跡者との戦いに巻き込まれる。
• 清楚な青年の姿から恐ろしい容姿に変容するカネキだが、その変容が最も効果的に使われるのはキャラクターが飛躍する時。期せずして人間とグールのハーフになってしまったカネキはもがき苦しむが、その末に純粋無垢には戻れないこと、被害者ではなくハーフとしての現実を理解し受け入れ、ハーフとしての自分の役割を見出す。カネキの変容はストーリーの展開とテーマの背景を強調し、読者との感情的な共鳴をも増幅させる。

• 魔法少女になって魔女と戦うべきかと悩み、静観し、怖れ、切望するまどかに、遂に内的変容が起きる。変容のポイントは①少女から大人の思考へ、②切望したヒローインになる、③今までのストーリーを大きく変える。
• まどかは友人達が魔法少女になって戦いに負けたり、精神的な重圧に耐えきれずに魔女になってしまう様子を見てきている。それにも拘わらず魔法少女になる契約をしたのは、時空を超えてすべての少女を護るという責任を負うことを理性的に決断したからである。これはキャラクターの大きな飛躍であり、まどかは少女達の希望そのものとして、今までの環境を変え新たな敵との戦いに臨むというように、物語の行方を大きく変える。
• ロザリオ氏は、次にアニメを見る時はその意味、伝えようとしているメッセージ、キャラクターの外的変容、内的変容を考えて欲しいと語った。

アニメに見る過疎地の
消滅、望郷、切望、不安、怖れ

• ベンジャミン・エドモンド氏は、人口減に直面する日本を説明し、アニメに描かれる田舎の世界を分析した。田舎には住みたくないが切り捨てられない田舎への望郷、その田舎を護ろうとする住民の切望、不安、消滅への怖れと抵抗、そして最終的な消滅、これは避けられない運命としてアニメに描かれている。
• アニメには美しい田園風景が描かれている。白川郷をモデルとした雛見沢(ひぐらしのなく頃に)は有名だ。
• 赤い郵便ポストが軒下にぽつねんと立つ駄菓子屋、今は1つの教室で複数の学年が一緒に学ぶかつての大きな学校、ひなびた文房具店、ひと気のない喫茶店、畳の間で開かれる自治会、草原の中で花吹雪を散らす桜の木、広い庭で手を高く差し上げた時にだけに電波を受信できるスマホ、どれを見ても淋しい。しかし、留めておきたいものばかり。村人達はこの様な環境の中で関わり合って暮らしており、アニメはこう言ったリアリティを描き出している。
• 美しい風景は望郷の念を呼び起こし、田舎の生活を夢見させてくれる。しかし、田舎消滅の小さな種は既にそこにある。アニメの登場人物達はそれが差し迫っていることを口に出すには恐ろしすぎるが、不安と恐れは日々の生活の中に常にある。
• ホラー・アニメはこいった村人の張り詰めた雰囲気に焦点を当てている。長い間存在して来た村の組織は、ある残虐的な出来事によって崩壊することになる。例えそうだとしても、ホラー・アニメはうららかな村の日々を美しく描き出している。
• アニメが描く田舎の生活で、カギとなるのは孤立・街からの分離であり、空虚さとは違う。街から離れた山あいの村には日々の生活があり、その生活はゆっくりと、平穏の中で静かに消滅に向かって動いて行く。

私もセイラー・ヴィーナスになれる?
コスプレにも根深い人種差別

• リンジィ・スティーブンスさんが大好きなセイラー・ムーンのコスチュームでアニメセントラルに初めて参加したのは2009年、多様な人々の集まりであることに驚いた。しかし、リサーチしてみると、シャカ(ファニメーションのディレクター)に行き当たった。アフリカ系のシャカは完璧なセイラー・ヴィーナスのコスプレイ。だが「私の大好きなキャラクターを台無しにした」、「ゲットーのヴィーナスみたい」などのコメントが飛び交っていた。なぜこの様に見られるのか。スティーブンスさんはメディア産業を見るべきだという。
• アフリカ系は1865年まで奴隷だった。1964年までは分離され、自由になったのはこの50年。アフリカ系はメディアによってフィルターを掛けられている。ニュースで放映されるシーンを見ればよく分かる。もっと正しい姿を放映するには、エグゼクティブの地位にもっと多くの有色人種が必要となる。
• 映画産業も同じこと。アフリカ系の起用は少ない。白人が主役であれば、すべての人々に受ける。女性が主役であれば、受けるのは主に女性。アフリカ系が主役であれば、受けるのはアフリカ系のみ。だから白人を主役にしておけば映画は売れる。また、白人市場も確立されており、嫌悪の対象となる人や何をしでかすか分からない人達を起用するリスクを取る必要はない。
• メディアや映画業界だけでなく、政府機関、学校、銀行、裁判所などのインスティチューションは有色人種に対してネガティブであり、人種差別は社会に埋め込まれている。
• しかしながら、社会ははゆっくりだが変わっている。有色人をキャラクターにしているブライアン・ヴォーン作のコミックブック「サガ」やアフリカ系のキャラクターを美しく描いたAsiey Barbieなどがある。
• スティブンスさんは「我々にできることは、多人種のクリエーターの支援、ソーシャルメディアで彼らのことを分かち合うこと」と語る。その中には、ミュージック・ファンタジー映画「Jem and The Holograms」や、いろいろな人種を登場させるコミック・ライター、ソフィ・キャンベルなどの支援をあげている。

• 閉会の挨拶でアニメシカゴのプレジデントのジェイミー・サンチェスさんは、メンバーの言葉を紹介した。
• その中には「自分自身の文化の外のものに身を置くことで、メディアが一様に放映することの影響から独立しながら成長することができたと思う」、「多くのマンガが自分の世界の見方や自分自身の人間性を形作っている。また楽しいコミュニティの中で大事な友達を作ることができた」、「仕事についても、情熱を分かち合える友人との出会いについても、アニメがゲイトウェイを開いて自分を変えてくれた」、「自分の意見をしっかりと持つように、アニメが導いてくれた」などのコメントがあった。
• サンチェスさん自身もアニメとの出会いで自分が変わったと、数年前の写真を見せてくれた。


アニメシカゴによるシンポジウム会場


ルーベン・ロザリオ氏


ベンジャミン・エドモンド氏


シャン・ケリーさん


リンジィ・スティーブンスさん


シャカの完璧なセイラー・ヴィーナスのコスプレイ


ジェイミー・サンチェスさん