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第28回日本語弁論大会
いろいろなトピックで、ためになる話がいっぱい
  人は障害を持つ人に簡単に偏見を持ってしまう。兄は上手く話すことができない知的発達障害を持つが、スポーツは万能で選手の成績や記録が全部頭に入っている。兄は今年、スペシャル・オリンピックの全米サッカーチームのメンバーとして参加する。
その兄を持つ自分でさえも障害者に偏見を持っていた。だが、スペシャル・オリンピック・チームのコーチになってから自分の間違いに気が付いた。陸上競技で転ぶ選手がいると、隣のレーンを走っていた選手が転んだ選手を助け一緒にゴールに向かって走るのを何度も見た。これこそ最高のスポーツマンシップだった。
自閉症や障害を持つ人達の中には一瞥した景色を大パネルに再現したり、1週間で外国語を覚えたりする才能を持つ人達がいる。
偏見や思いこみは簡単に起きてしまう。当たり前と思うことの中に、全然間違っていることがある。それを覚えておきましょう。第3部で2位を獲得したモンタナ・ファイファーさん(カンサス州立大学)のスピーチ「レインマン・オリンピックに行く」。

 日本語は繊細な言葉で、短い単語でも端的に表現できる。たとえば「もったいない」を英語で表現すれば、たくさんの説明が必要になる。
また、日本語はイメージできる言葉でもある。「木漏れ日」と言えば、並木道に沿って歩いている時に、道にまだらのような日差しが散らばっている光景が思い浮かぶ。
「I love you.」を日本語に翻訳するとどうなるのか。英語教師時代の夏目漱石は「月がきれいですね」と表現すれば良いとアドバイスしている。君を愛すという直接的な表現よりも、雰囲気を壊さずに「あなたと今宵を供にすることができてとても幸せです」という気持ちを遠回しに告白することができる。

フィリップ・バックマンさん

モンタナ・ファイファーさん

コーマック・バジャーさん

シャオユ・チェンさん

さらに日本語は上下関係、内と外、男女、というように、時と場合に応じて使い分け、けじめを付ける。敬語も先人達のけじめの意識が反映されている。日本語には先人の工夫、自然、文化などの思いが存在している。第4部で4位を獲得したイチン・マさん(ミネソタ大学)のスピーチ「ただの言葉ではなく、思いです」。

大学に入って、長年の親友からの連絡が途絶え、心配していた。1年も経った頃、その親友からメールが届き何事もなかったように「あれもしよう、これもしよう」と多くの計画を送って来た。怒りを感じて親友と話したが、喧嘩別れになってしまった。
父からの進言で、愛の言語についての本を一気に読んだ。
愛の言語とは5つの愛の伝え方。それは①肯定的な言葉、②上質な時間、③スキンシップ、④贈り物、⑤サービス行為。 違う愛の言語を持つ人に違う言語を使えば、気持ちは伝わらないかも知れない。自分は話すことが好きだから「肯定的な言葉」だと分かったが、喧嘩別れになった親友の愛の言語は「上質な時間」を一緒に過ごすことだった。
愛の言語を知った事で、彼との関係を良くすることができた。無口な彼に「私は言葉の人だから、もっと話して」と頼んだ。彼は食事を作ってくれたり雪かきをしてくれたりと、愛の言語は「サービス行為」。食事を作って上げると、ひどく喜ばれた。
人間関係のカギは、自分がしてもらうと嬉しいことを他の人にしてあげるというゴールデンルールを考え直し、その人が嬉しいと思うことをする新しいルールを築くこと。第4部で2位を獲得したアリサ・ウォールさん(Carthage College)のスピーチ「愛を伝える5つの方法」。

第28 回日本語弁論大会が3月22 日、在シカゴ総領事館広報文化センターで開催され、小学生から大学生まで39 人が日本語で堂々とスピーチし興味深いトピックが飛び出した。

同弁論大会は毎年、在シカゴ総領事館、シカゴ日本商工会議所、シカゴ日米協会、シカゴ国際姉妹都市大阪委員会が共催しており、日本語を学ぶ生徒や一般社会人にとって一つの大きな目標となっている。
同弁論大会は4つのカテゴリーに分けて行われる。第一部は小学生及び中学生、第二部は高校生で日本語学習期間が3年未満の者、第三部は高校生で日本語学習期間が3年以上の者と大学生または一般で学習期間が1年未満の者、第四部は大学生または一般で学習期間が1年以上の者となっている。
発表後には審査員から日本語で質問があり、流暢な日本語で発表しても丸覚えであれば質問に答えられない。緊張のためか上手く応えられない発表者もいたが、堂々と自分の意見を述べる発表者も多かった。

 グランド・プライズを受賞したフィリップ・バックマンさん(ミネソタ大学)は「幸せへと続く道」についてスピーチした。
早稲田大学に11 ヶ月間留学したバックマンさんは、その間ホームステイしたかざま・さなえさん(79)の生き方に感銘を受けた。
かざまさんは11歳で母を亡くし、戦争中は一人で家事をまかなった。戦後は父が言うがままに家政科専門学校に入り、卒業1年後に20 歳年上の男性と見合い結婚した。56 歳の時に夫が亡くな
ると、専業主婦という役割に自信を持つ人が少ない中で、食事を作ってあげる相手がいつまでもいて欲しいと留学生を受け入れ始めた。東京大空襲が目に焼き付いて離れないかざまさんが、アメリカ人留学生のホストファミリーになることは簡単ではなかったと思われる。また、60 年もの間、毎日だれかに食事を作って上げたいという気持ちに驚かされた。
かざまさんは自分の道を選ぶことは出来なかったが、その中ででも自分の毎日の喜びを見つけている。そのかざまさんとの出会いは、人生の意義を考え直す切っ掛けとなった。人生とはレールの上を走る電車のようなもの。レールが意図しない方に曲がったとしても、本当の幸せに続く道が絶たれた訳ではないと言うことを、かざまさんとの出会いの中で学んだ。
バックマンさんは、審査員の「家族のために人生を犠牲にする生き方をどう思いますか」という質問に日本語で堂々と答えた。バックマンさんは「やはり現代の若者ですから、自分がしたいことをちゃんとしなければならないんです。早く結婚して早く子どもが生まれたら自分の夢が、したいことができなくなります。かずまさんに選択肢がなかったんです。けれども、その中でも本当の自分の幸せを見つけたことが、この現代ではあり得ないことだと思います」と語った。
バックマンさんにはJAL 提供による日本への往復航空券と、オムロンから健康機器が贈呈された。
バックマンさんは8歳の頃、引きこもりのビデオゲームオタクだった。心配した両親にゲームはどこで作られているのかと訊ねられ、「日本です」と答えた。それでは日本語を習いなさいと、森の池というキャンプに行かされたのが日本語を習う切っ掛けだった。
父親は中国に10 年間住んだことがあり中国語が達者。母親はイタリア人とのハーフで、両親とも第二言語を大切に思っていた。
池の森は楽しく、毎年キャンプに行くのが楽しみだった。高校生になると日本語を習い、新潟県に1年間の予定で留学した。しかし東日本大震災が起き、7ヶ月で帰国せざるを得なかった。大学生になると11 ヶ月間、早稲田大学に留学することができた。
第四部で1位を獲得したコーマック・バジャーさん(イリノイ大学アーバナシャンペーン校)は、「きこりになったイエス・キリスト」についてスピーチした。
東京の大学に留学中、髪とひげをのばしていたバジャーさんはカメラマンに声を掛けられファッション雑誌のモデルとなった。自分で作り出したイメージが商品の一部になってしまった。
米国でも広告の影響は問題になっている。現実離れした痩せたモデルや病的な体重、透き通るような肌に憧れる子供は多い。理想的なイメージを子供達は追いかけさせられている。大人であって
も理想のイメージを見せられ、自信を失うことがある。
総ての女性が理想のスタイルを手に入れることは出来ない。理想への過剰な執着は不安を引き起こし自信を喪失させる。
自分の体型は変えられないが、考え方は変えられる。大柄な人、小柄な人、背が高い人、低い人、それぞれが自分に合うファッションを考え、自分の印象は自分で創り出すべき。
バジャーさんは子どもの時にアニメや日本のことが好きで日本語を勉強し始めた。大学の時には絶対に日本に留学したいと思い、日本語の勉強に励んだ。東京では江戸川区にホームステイし、京都や北海道にも旅行した。

 第4部で3位を獲得したシャオユ・チェンさん(イリノイ大学アーバナシャンペーン校)のスピーチ「僕の見た日本と日本人」も、日本人には考えさせられるトピックだった。
チェンさんは神戸の甲南大学に1年間留学し、日中の違いを見てみた。日本人と知り合いになれても友達になれない。親しくなるのに時間がかかる。日本は人間関係の構築が特殊だと欧米人からも思われている。ホストファミリーのお母さんに訊くと「日本人は無意識のうちに相手との距離を測って、距離を上手く保つのが美徳」と言われた。
日本人は内と外の線引きが出来ない人を嫌う。内と外を分ける社会の仕組みになっている。だから相手の「内」を護ってあげることがマナーになっている。  一方、中国と日本は似ている所もある。米への執着がその一つ。米を伴わない日本料理は少ない。日本ではソバ定食にもご飯が付く。
年上を尊重するのも中国と似ている。言葉を慎重に選び、下の名前で呼んだりしない。下の名前で呼び合う欧米とは違っている。また、アメリカでは実績を出している人を一番尊ぶという価値観がある。
中国と日本は似ている所も違っている所もあるが、関係の改善は難しくないと信じている。これからもずっと、自分の目で日本社会を見続けて行きたい。
チェンさんが日本語を勉強し始めた切っ掛けはアニメだった。中学1年生の頃はガンダムが大好きだった。
神戸の甲南大学には留学生のクラスがあり、そこに日本人学生も交流にやって来る。日本人学生同士で話す時と、留学生と話す時には言葉が違う。留学生に対しては急に敬語や丁寧な言葉になる。それは謙虚な気持ちを表していることは分かるが、チェンさんは身内の感じがしないというのが本当のところだという。
チェンさんは大学で経済学を専攻している。将来は日本で仕事をしたいと語った。
審査委員長の近松暢子教授(デュポール大学)は、予選を勝ち抜いて弁論大会でスピーチをした出場者全員の熱意を称賛した。また、スピーチを聴くことによって人間関係、世界、社会問題など色々なトピックから多くを学ぶことができたと述べた。
近松教授はデュポール大学で開催中のハーフをテーマにした展示会や、JET 同窓会によるドキュメンタリー・フィルム「東北トモ」を紹介し、かつて日本語を学んだ生徒達がコミュニティに戻り、色々な活動をしていると述べ、「皆さんも日本語の勉強を続け、日本の人々や社会などの勉強を楽しみ、その知識を将来より良い日本やコミュニティの関係構築に役立てて欲しい」と出場者を激励した。