Kyodo News

5月27日

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「オバマ氏被爆地へ」
「核なき世界へ勇気を」
オバマ氏、広島で追悼
歴史的訪問、被爆者と交流

• オバマ米大統領が27日、被爆地・広島の平和記念公園を訪れ、原爆慰霊碑に献花、被爆者を含む全ての戦争犠牲者を追悼した。現職米大統領の広島訪問は初めて。所感で「われわれは歴史を直視する責任を共有している」と述べ、人類史上初めて米国が核兵器を使用した広島の記憶を風化させてはならないと強調。「(核保有国は)核兵器なき世界を追求する勇気を持たなければならない」と決意を表明した。
• 戦後71年で実現した歴史的訪問で、オバマ氏は被爆者と交流。二大核保有国である米国とロシアの対立や北朝鮮の核開発で停滞する核軍縮の機運を再び高めたい考えだ。
• 安倍晋三首相も立ち会い、オバマ氏は、かつて敵国同士だった日米が「同盟関係だけでなく友情を築いた」と述べ、歴史を乗り越え和解することの重要性を訴えた。
• オバマ氏は広島や長崎の被爆者らを前に約17分間にわたり所感を述べた後、日本原水爆被害者団体協議会(被団協)代表委員の坪井直さん(91)に歩み寄り、言葉を交わした。米兵捕虜らの身元特定に尽力した被爆者の森重昭さん(79)と抱き合う場面もあった。
• オバマ氏は所感で「71年前、世界は変わった。女性や子どもを含む10万人以上の日本人、多くの朝鮮半島出身の人々や米国人捕虜を追悼するために来た」とした上で、「広島は真実を教える。1945年8月6日の記憶は風化させてはならない」と述べた。
• 「戦争そのものについての考えを改めなければならない」と訴え、紛争阻止や解決へ外交努力を尽くすべきだと強調。広島と長崎を「核戦争の夜明けとしてではなく、道徳的な目覚めの始まり」の地とすべきだと述べ、所感を締めくくった。
• 一方、終戦を早めたとする「原爆正当化論」が根強い米世論に配慮して原爆投下の是非については踏み込まず、謝罪はしなかった。
• オバマ氏は平和記念公園に到着後、最初に安倍氏と共に原爆資料館を約10分間見学。安倍氏もオバマ氏に続いて所感を述べ、米大統領が被爆の実相に触れることで「世界中の人々に大きな希望を与えてくれた」と語った。
• 平和記念公園での行事には松井一実広島市長、田上富久長崎市長らも出席した。

広島市の平和記念公園で、原爆慰霊碑に献花する
オバマ米大統領=27日午後5時38分


理念前進へ思い強く
現実との矛盾も鮮明に

• オバマ米大統領が政権内に慎重論もある中で広島訪問に踏み切ったのは、自らが掲げる「核兵器なき世界」の理念を少しでも前進させたいとの強い思いからだ。
• 原爆の犠牲者にささげられた平和記念公園に立ったオバマ氏は、核兵器を使った唯一の国家として核軍縮をけん引する決意を表明。広島、長崎の悲劇に触れ、核兵器の使用や開発に関わる全指導者に向け、決断が時に人命という重大な損失を伴うと警鐘を鳴らした。
• 所感には、米国と対立を深めるロシアや核開発に固執する北朝鮮など、冷戦思考に縛られて核削減の道を歩み出せない国々に対するいら立ちがにじむ。核保有国に行動する「勇気」を呼び掛けたが、米国が抑止力維持のために核弾頭の近代化を継続する矛盾をどう克服するのかはうかがえなかった。
• オバマ氏が安倍晋三首相と共に訪れたことで、広島は、日米が「敗戦国」と「戦勝国」の立場を超え、同盟国へと絆を強めた軌跡を象徴する場所となった。しかし、米国が日本に差し出す「核の傘」こそが、同盟を結び付けている構造に変わりはない。
• 届かない夢でも歩み続けなくてはならない。かつて核廃絶についてそう語ったオバマ氏。誓いを新たにした被爆地からのメッセージは、理想と現実のギャップも浮き彫りにした。

広島市の平和記念公園での演説で「核兵器なき世界」への
決意を表明するオバマ米大統領=
27日午後5時49分(代表撮影)


広島訪問「本当良かった」
オバマ氏が首相に

• オバマ米大統領は27日、被爆地・広島訪問について安倍晋三首相に「広島に来ることができて本当に良かった。今日はあくまでスタートだ」と語り掛け、核廃絶へ努力する意向を強調した。首相は「核なき世界へ大きな一歩になるのは間違いない」と応じた。平和記念公園での所感発表を終え、2人で原爆ドームの方へ向かう際のやりとり。日本政府が発表した。
• オバマ氏は「これからシンゾウと一緒にやるべきことがたくさんある」とも語った。


首相「日米に新たな歴史」
オバマ氏の広島訪問

• 安倍晋三首相は27日午後、オバマ米大統領による広島訪問について「日本国民が待ち望んだ歴史的訪問を心から歓迎する。日米の歴史に新たなページを刻むオバマ氏の決断と勇気に敬意を表する」と表明した。オバマ氏と共に訪れた広島市の平和記念公園で所感として述べた。
• 同時に「米大統領が被爆の実相に触れ『核兵器のない世界』への決意を新たにすることで、世界中の人々に大きな希望を与えた」と強調した。
• 「核兵器なき世界」の実現に関し「道のりがいかに長く、困難であろうと努力を積み重ねる」と決意を示した。原爆投下を巡り「再び悲惨な経験を繰り返させてはならない。この痛切な思いを受け継いでいくことが、私たちの責任だ」と指摘した。原爆の被害に触れ「断腸の念を禁じ得ない」と語った。
• 日米両国で世界の平和と繁栄に力を尽くすとの考えを示した上で「そのことが広島、長崎で犠牲となったみ霊に応える唯一の道だ」と訴えた。
• オバマ氏と共に原爆慰霊碑へ献花したことについては「先の大戦、そして原爆投下で犠牲となった全ての人々に哀悼の誠をささげた」と説明した。
• これに先立ち訪問した原爆資料館では「恒久平和を祈り『核兵器なき世界』の実現に全力を尽くすことを誓います」と記帳した。


「広島からの発信に意義」
与野党、オバマ氏訪問歓迎

• 与野党は27日、オバマ米大統領による被爆地・広島の訪問を「『核兵器のない世界』をつくると広島から発信したのは非常に意義がある」(自民党の稲田朋美政調会長)などと一様に歓迎した。具体的な動きを進めるよう求める声も上がった。
• 稲田氏は記者会見で「原爆を投下した国の大統領が、世界で唯一の戦争被爆国の首相と祈りをささげたのは大きい。世界中の人々に、原爆の被害は悲惨だと認識してもらうことが重要だ」と強調した。公明党の上田勇政調会長代理は「核なき世界実現に取り組むという日本政府方針も一層明確になった」と述べた。
• 民進党の岡田克也代表は記者団に「私も外相時にオバマ氏訪問を強く願っていた。日米両国が核廃絶に向けしっかり努力することが求められる」と今後の進展に期待した。
• 共産党の志位和夫委員長は「歴史的な一歩」と評価した上で「核のない世界の実現には、核兵器禁止条約の国際交渉を開始するという具体的行動が必要だ」と注文した。
• 社民党の又市征治幹事長は「オバマ氏に被爆の実相、核兵器の非人道性が届いたと信じたい」と、生活の党の小沢一郎共同代表は「重要なのは単なる訪問でなく未来に向けた決意だ」とする談話をそれぞれ発表した。
• おおさか維新の会の松井一郎代表は談話で「中国と北朝鮮の核の脅威に直面しており、現状では米国の核抑止力が必要」と指摘した上で「将来の核廃絶への契機になると期待したい」とした。


未明に速報、生中継も
米メディアが高い関心

• オバマ米大統領の27日の広島訪問について、米メディアは米時間の未明にもかかわらず通信社が速報、テレビ各局が平和記念公園で所感を述べるオバマ氏を「歴史的」(CNNテレビ)だとして生中継、高い関心を示した。
• AP通信は米東部時間27日午前4時(日本時間同日午後5時)すぎ「オバマ氏が広島到着、被爆地を訪れた初の現職大統領になった」と速報。CNN、FOXニュース、MSNBCテレビなどが所感表明を生中継した。
• CNNの記者は広島から、日本側がオバマ氏の訪問を待ち望んでいたとし「必ずしも謝罪を求めているわけではない」と報告した。
• ワシントン・ポスト紙電子版は「厳粛な訪問」と報じ「これまでの歴代米大統領は謝罪と受け止められることを懸念して被爆地訪問を避けてきた」と解説した。


オバマ氏訪問、世界が注目
「謝罪なし」伝える

• オバマ米大統領の広島訪問は海外でも高い関心を集めた。国際メディアは平和記念公園での発言や原爆慰霊碑への献花を至急電や生中継で報道。オバマ氏と被爆者らの様子や、オバマ氏が謝罪をしなかったことを伝えた。
• 生中継したのは米CNNテレビや英BBC放送など。CNNは「核兵器なき世界」への実現を目指すオバマ氏の発言を取り上げたが、「第2次世界大戦を早期に収拾するための米国の行為に対する謝罪は求められておらず、オバマ氏は謝罪しなかった」と言及した。
• BBCも「現職の米大統領による初訪問」として大きく報道。「(原爆投下の)記憶を風化させてはならない」との発言を紹介しつつも、「世界で初の原爆にも、謝罪はなかった」とした。今回の訪問は、中国の軍事力が増大する中での戦略的な目的もありそうだと指摘し、「日米の同盟関係を深めるためのシンボルともなる」と伝えた。
• 中国国営中央テレビは、オバマ氏の広島訪問を通じて日本が「戦争で自ら行ったことを薄れさせ、被害者のイメージを強化しようとしている」との批判的な解説を交えて伝えた。
• 一方、韓国外務省当局者は、多くの朝鮮半島出身者が原爆投下で死亡したと言及したことについて「米国の現職大統領として初めて広島で明示的に哀悼した。歴史的な演説で、韓国人犠牲者を米国、日本の犠牲者と同等の位置付けで言及したことは意味がある」と評価。聯合ニュースは「原爆への謝罪はなかった」と強調し、同公園内の韓国人の慰霊碑には足を運ばなかったと伝えた。

願い一点で交わる
投下国トップと固い握手

• 8歳で被爆した森重昭さん(79)はなぜか涙が出た。被爆者の坪井直さん(91)は言葉が止まらなかった。目の前には、70年余り前に人類史上初めて原爆を投下した国の指導者オバマ米大統領(54)。広島の平和記念公園に27日、歴史的な訪問をしたオバマ氏と、固い握手を交わした被爆者の願いが「核兵器なき世界」という一点で交わった。
• ダークスーツに薄い青色のネクタイ姿のオバマ氏は午後5時40分前、安倍晋三首相と並んで、原爆資料館から100メートルほどの通路をゆっくりと歩きだした。気温30度近い初夏の強い日差しの下、見つめる先には「過ちは  繰返しませぬから」と刻まれた原爆慰霊碑。その向こうで風にたなびく「平和の灯」が、原爆ドームへ視線をいざなう。
• オバマ氏は安倍氏と共に原爆慰霊碑に献花し、約10秒間黙とう。多くの米兵の血を流し、戦後の自由社会を率いてきた自負を持つ米国の軍最高司令官として、「謝罪」と受け取られるような行動は難しい。だが、その頭は、わずかに下がったように見えた。
• 「この広島の中心に立つと原爆が投下された瞬間のことを想像せざるを得なくなる」。原爆慰霊碑の前で静かに、そして力強く約100人の聴衆に向けて話し始めたオバマ氏。口を一文字に結び、目を閉じて耳を傾ける被爆者ら。「広島は真実を教えてくれる」。広島と長崎の惨禍に触れながら戦争の回避を訴える言葉に、坪井さんはゆっくり2度うなずいた。
• オバマ氏は学生時代から「反戦」「反核」への強い思いを持ち続けてきた。当初、数分間とされた所感の表明は20分近くとなった。
• その後、被爆者らのもとへ歩み寄り、言葉を交わした。広島で被爆死した米兵捕虜12人の身元特定に尽力した森さんが涙ぐむと抱き締めた。「舞い上がってしまって、よく覚えていないのです」。やりとりはあまり覚えていないが、オバマ氏の温かな手と、何度も繰り返した「サンキュー」は心に刻まれた。
• 「大統領任期を終えた後も一緒に取り組みましょう」。オバマ氏の手を握ったまま「核なき世界」へ向けた被爆者との活動を呼び掛け、広島再訪問を訴えた坪井さんにオバマ氏は笑顔で応じた。
• 一方、出席を打診された長崎の被爆者谷口稜曄さん(87)は、焼けただれた背中の写真を掲げて原爆のひどさを訴えたかったが、体調不良のためかなわなかった。長崎市内の入院先で、テレビで見ていたといい「訪れてくれたのはうれしいが、オバマ氏の言葉に核兵器廃絶への力強さは感じられなかった。残念だ」とのコメントを出した。
• オバマ氏は原爆資料館も駆け足で訪れ、被爆し白血病のため12歳で亡くなった佐々木禎子さんの折り鶴を熱心に見学。「少し手伝ってもらいましたが私が折りました」。近くにいた小中学生2人に用意してきた折り鶴を渡した。多くの質問をしたといい、志賀賢治館長は「事前に勉強している」と感じたという。
• 最後にオバマ氏は慰霊碑から原爆ドームへ歩き始めた。「これがスタートだ」。出席者らは核廃絶に向けて誓いを新たにした。


所感「よう言うてくれた」
物足りない、違和感も

• 「よう言うてくれた」「違和感もあった」。米大統領が原爆慰霊碑に献花し、所感を述べるのを見守った広島の被爆者ら。惨禍による苦しみに触れた内容に感慨深い表情を見せる人がいた一方で、核廃絶に向けた発言が物足りなかったと不満の声も上がった。
• 広島市安佐北区の岡田昭典さん(87)は自宅のテレビに映るオバマ氏の様子を見て何度もうなずいた。爆心地から2・7キロ地点で被爆し、弟や多くの友人を失った。被爆者の平均年齢は80歳を超え、高齢化が進む。現職大統領の広島訪問は「遅かった」。ただ「生きてこの日を迎えられるとは」という思いもある。
• 「全ての戦争犠牲者に関して話すだけだと思っていた。被爆者のことに踏み込んでくれた」と評価。「広島で感じたことを世界に向けて叫び、核軍縮に本気で取り組んでほしい」と語った。
• 核兵器廃絶運動を続ける広島県原爆被害者団体協議会(県被団協)の清水弘士事務局長(73)は広島市の事務所で映像を見た。画面には原爆慰霊碑を前にした唯一の核兵器使用国トップの姿。「ここに立ってくれたのは核廃絶運動にとって意味がある」。だが「自分たちが被爆の現実を生み出したことに触れず違和感も抱いた」と残念な思いも残った。
• もう一つの県被団協の佐久間邦彦理事長(71)は、所感の内容はオバマ氏が2009年のプラハ演説で提唱した「核兵器なき世界」から「後退した」と切り捨てた。核廃絶の道筋に触れなかったことを「こんな内容とは思わなかった」と憤った。被爆2世の古田光恵副理事長(69)も「10分しか原爆資料館にいなかった。何を見て来たのか」と不満の声を上げた。

歴史的訪問、テレビ見守る
「長崎は…」不満の声も

• ようやく実現した米大統領の広島訪問。平和記念公園での歴史的場面を伝えるテレビ画面を広島・長崎の被爆者はじっと見守った。「被爆者のこともよう言うてくれた」と喜びの声が上がる一方、「長崎にも足を運んでほしかった」と肩を落とす人もいた。
• 「生きているうちにこの日を迎えられるとは」。広島市安佐北区の岡田昭典さん(87)は自宅で、オバマ氏が原爆慰霊碑に献花し、犠牲について語る様子を見て何度もうなずいた。
• 岡田さんをはじめ被爆者の平均年齢は80歳を超え、高齢化が進む。現職大統領の広島訪問は「遅かった」。ただ「全ての戦争犠牲者に関して話すだけだと思っていた。被爆者のことに踏み込んでくれた」と話す。
• 核兵器廃絶運動を続ける関係者からは不満が漏れた。広島県原爆被害者団体協議会(県被団協)の清水弘士事務局長(73)は「自分たちが被爆の現実を生み出したことに触れず違和感も抱いた」と残念がった。
• 長崎市の平和公園に近い「長崎原爆被災者協議会」の会議室では、5人の被爆者が、「核兵器なき世界」への決意を表明するオバマ氏の様子にくぎ付けとなった。
• 10歳の頃、爆心地から約800メートル付近で被爆した下平作江さん(81)は「現地で感じたことを核廃絶につなげてほしい」と涙を浮かべたが「きちんと長崎も訪れ、被爆者に思いをはせるべきだった」と話した。
• 広島の平和記念公園は立ち入りが制限され、多くの警察官が入り口を固める厳戒態勢の中、沿道から歴史的瞬間を一目見ようとする市民が詰め掛けた。


爆心地周辺に滞在50分
歴史的訪問、慌ただしく

• オバマ米大統領はヘリコプターで広島市に入り、専用車で平和記念公園に到着した。原爆資料館の見学、慰霊碑への献花、被爆者が見守る中での所感表明―。現職大統領の歴史的訪問は、爆心地周辺での滞在時間50分と慌ただしかった。
• 午後5時25分、公園南側の噴水前で車から降り立つと、出迎えた安倍晋三首相らと握手し、原爆資料館を約10分見学。安倍氏と並んで、原爆慰霊碑へゆっくりした足取りで向かった。
• 地元の女子高校生から受け取った花輪を同40分ごろに手向け黙とう。その後、被爆者らの前で「記憶は消え去らない」などと厳しい表情で約17分間にわたって所感を述べた。
• 招待された被爆者らの席に歩み寄ると、坪井直さん(91)、森重昭さん(79)と握手し言葉を交わした。同6時10分ごろ、川の対岸に原爆ドームが見える位置まで歩いて移動。岸田文雄外相から説明を受け、質問する様子も時折見えた。
• 同15分、安倍氏に見送られながら、オバマ氏を乗せた車列は平和記念公園を後にした。


抱擁で時の人に
捕虜遺族と交流の森さん

• 現職米大統領として初めて広島市の平和記念公園を訪れたオバマ氏と抱擁し、一躍「時の人」となった森重昭さん(79)は、8歳の時に広島で被爆した。
• 米国を恨んだこともあったというが「被爆の痛みに敵も味方もない」との思いから、会社勤めの傍ら、40年近い歳月をかけて広島で被爆死した米兵捕虜らの最期を調べ上げた。
• 米兵捕虜の遺族との交流を描いたドキュメンタリー映画「ペーパー・ランタン(灯籠流し)」が今年完成し、日本でも上映された。ケネディ駐日米大使も映画を高く評価していたという。
• 森さんは、きのこ雲が立ち上る空から、ちぎれた人間の首が落ちてくるのを目撃した。おばは倒壊した建物の中から出られなくなり、焼け死んだという。妻の佳代子さん(73)も被爆者だ。
• 米大使館から招待の連絡があったのは、オバマ氏の広島訪問2日前の25日。突然のことに、心の準備が追い付かなかったという。
• 大統領には「あなたの言葉を聞くことができてうれしかった」と英語で伝えた。「ありがとう」と繰り返し言葉を掛けてくれたことを覚えている。しかしやりとりを報道陣からさらに詳しく聞かれると「舞い上がってしまって、よく覚えていないのです」。
• 佳代子さんは「きっと心は通じ合ったと思います」と笑顔で話した。


ともしび、大きな火に
歴史的瞬間に立ち会う

• 被爆地に立ったオバマ米大統領。平和記念公園(広島市中区)で歴史的瞬間に立ち会った日本原水爆被害者団体協議会(被団協)代表委員の坪井直さん(91)=広島市=と、被団協事務局長の田中煕巳さん(84)=埼玉県新座市=は、原爆投下国トップの言葉に耳を傾けた。「これがスタートだ」「どれくらい前に進むか応援したい」と、厳しくもエールを送った。
• 目指す先は同じ―。広島の爆心地から1・2キロで被爆し、重傷を負った坪井さんはオバマ氏と握手し、言葉を交わした。オバマ氏が述べた所感は「核廃絶に向けたともしびとなり、いつか大きな火になる」と信じている。
• オバマ氏が2009年、プラハ演説で唱えた「核兵器のない世界」。坪井さんはオバマ氏が広島に来てくれるかもしれないと希望を抱いた。被爆地訪問に向け、国内外でアプローチ。10年には80代半ばで米ニューヨークを訪れ、現地で署名活動をしたり、米政府関係者に要請文を渡したりした。
• 人類の不幸な出来事として原爆を忘れることはできない。だが、苦しめられたという感情を乗り越え「核廃絶に向けて人類は手を握ろう」とオバマ氏に伝えようと、平和記念公園に足を運んだ。  一方通行のやりとりだったが「手のぬくもりから風格や人格を感じた。今日を一歩と評価したい」と決意を新たにした。
• 田中さんは、16年間にわたり被団協の要を務めている。昔は敬遠していた、被爆体験の証言をする機会も増えた。「一緒に世界を走り回った人がもういない」。核なき世界はいつ訪れるのだろう。「諦めませんよ。亡き人の思いを背負っていますから」と話す。
• 昨春、ニューヨークの国連本部で開かれた核拡散防止条約(NPT)再検討会議で「多くの被爆者が核兵器廃絶を見ずに亡くなった。もう待てない」と各国に迫った。柔和で冷静なイメージが覆る、熱っぽさがあった。
• 爆心地から3・2キロの長崎市の自宅で被爆した。当時13歳。祖父や伯母ら親族5人を亡くした。爆心地を歩き、多くの遺体を目にするうち「人間らしく死ぬことも、生きることもできない」と感じた。
• 被爆者の証言が持つ力を信じている。「米国でも聴いてくれた人は『人間をこんなに苦しめるとは知らなかった』と言ってくれる」。核保有国の世論に訴えたい。指導者の考えを変えたい。そう願う。「理想の実現を諦めては駄目だ。みんなで力を合わせようと。71年間言っているんです」


広島市の平和記念公園を訪れ、被爆者の森重昭さんを
抱き締めるオバマ米大統領=27日午後6時8分



中国新聞が5月27日号に掲載した、爆心地で
亡くなった1882人の写真。



原爆ドームを見つめるオバマ大統領

記念公園に続く歩道に詰めかけた人々
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