「最後の乗客」シカゴで上映会
10年を超えてよみがえる震災時の思い
堀江貴監督による映画「最後の乗客」の上映会が9月14日、シカゴ市北部にある映画館、シカゴ・フィルムメイカーズで開催された。この映画は東日本大震災から10周年に寄せて堀江監督が制作したもので、堀江監督の出身地でもある宮城県仙台市周辺が舞台となっている。
同上映会を主催したのは、坂本有紀氏と河野洋氏が創設したシカゴ日本映画コレクティブ(CJFC)で、東日本大震災への復興支援として、震災関連の作品を上映することをミッションの一つとしている。同上映会のチケット代は総て被災地の生徒の課外授業や活動、高校や大学受験のための予備校費支援などに寄付される。
「最後の乗客」とは
「最後の乗客」は被災者や被災地を追うドキュメンタリーではなく、サスペンスやホラーのエンターテインメントでもなく、父親と娘一人という家族の人間ドラマだ。
父親に感謝するも、それを上手く言葉や態度に表せない受験生の娘、娘の幸せを願うも、思わず言葉を荒げてしまうタクシー運転手の父親。今度「ありがとうって言おう」と思う娘、今度「悪かった」と言おうと思う父親。しかし、03/11の津波に「今度」を奪われてしまったら、娘と父親はその後どうなるのだろうか。
あらすじ
2011年3月11日の東日本大震災から10年後、宮城県仙台市郊外の小さな駅前で震災の日から音信不通になっている娘を待つタクシー運転手の遠藤。そこに運転手仲間が「『浜町まで』という若い女性を乗せると、そこに着いた時にはいなくなっている」という幽霊話を遠藤に聞かせる。タクシーを流していた遠藤は、沿道で手を挙げている女性を乗せるが、果たして物語はどの様に展開して行くのか…。トレイラーはhttps://www.youtube.com/watch?v=HYCIzLa2T9c。
Q&A セッション
「最後の乗客」は上映時間55分で、上映後には満席の観客が待ちわびる中、Q&Aセッションが行われた。仙台市のKHB局でニュースキャスターを務めていた渋佐和佳奈氏がモデレーターを務めた。
渋佐:この映画を作ろうと思ったのは?
堀江:03/11が起きた時、私はニューヨークに住んでいました。友人から地震と津波のことを聞き、インターネットを見てみると、巨大な津波が私のホームタウンの荒浜を襲っていました。そこは私の実家のすぐ近くです。200人の遺体が見つかったと言っていました。幸いにも、私の両親やシスターは無事でした。
その後私は、ホームタウンや宮城のためにファンドレイジングをはじめました。実際、それを5年間続けました。おそらく、私は震災の現場にいなかったことや何もできなかった事に罪の意識を感じていたのだと思います。色々なイベントを開き、集まったお金を日本へ送りました。
しかし5年も経つと、東日本大震災は古いニュースとなり、だれも注意を払わなくなりました。日本のあちこちで天災が起こり続けていたからです。
しかしながら、何事もなかったように大震災を忘れる事はできません。何かをしなければと思いました。そして、私にできることは映画を作る事でした。
私はストーリーを書き始めましたが、震災の現場にいなかった私にとって、何を書いてもフェイクのように思えました。また、震災を直接経験していない自分に果たしてストーリーを描く権利があるのかとも思いました。
こうしたことから、私は宮城の人々と話し始めました。毎年3月11日には追悼式典があります。6回目の式典に出席すると、私の隣に20歳ぐらいの女性が座っていました。その女性は「深く傷つき、今まで追悼式に出ることができなかった。チャリティするのが当たり前という空気が、実は辛かった」と話しました。
私は被災地への支援を呼びかけ続けていましたが、そのことで傷つく人々がいることには気が付きませんでした。その女性に出会った事で、震災が与えたダメージは、人それぞれに違うのだと気付き、そのスタンドポイントから映画を作るべきだと思いました。
渋佐:映画のキャストやクルーは総て宮城県出身の人々で作ったそうですね。
堀江:スターや有名人ではなく、宮城を大事にしてくれる人で作りたいと思いました。
遠藤の娘、ミズキ役は仙台出身で元AKB48の岩田華怜さんです。
父親の遠藤役は多くの映画や舞台に出演している俳優の冨家ノリマサさんです。神奈川出身の方ですが、この役に情熱を持って演じて下さいました。
私の小学校時代の友人達がボランティアで手伝ってくれました。ニューヨークの学生達も宮城に来て助けてくれました。私の人生の友と言える人達で、本当に私の宝物です。
私はここにいる河野洋さんと親しかったので、ニューヨーク、宮城、東京、シカゴ、ロサンジェルス、ボストンなどで上映会開催を可能にしてくれました。
河野:仙台では放送局のKHBで上映会をやりました。そこで2013年から2016年までの3年半KHBでニュースキャスターをしていて現在シカゴ在住の渋佐和佳奈さんとの繋がりができました。
渋佐:宮城での撮影中のエピソードについて伺えますか?
堀江:映画のアパートやタクシー場面以外は、総てがショックでした。
地震と津波で200人が亡くなった荒浜は、かつて泳ぎに行ったり、友達とサイクリングしたり、冷たいものやスナックを食べたり、とても人気のビーチでした。それが津波ですべて洗い流されて、何もありませんでした。私の子供時代の思い出は、総て消し去れれていました。だから、新しい思い出で失った思い出を修復したくて、荒浜を撮影場所に選んだんです。もっとも、もっと多くの方々が無くなった所がありますけども。
渋佐:玉子焼きを具に入れたオニギリが出てきますが、そのオニギリが映画のどんなシンボルになっているのですか?
堀江:「最後の乗客」制作に当たって、できるだけ私のホームタウンとの繋がりを出したいと思いました。美味しいお米と海苔の産地ですので。
玉子焼き入りオニギリは私の母のレシピです。母はいつも私を勇気づけてくれて、100%支援してくれました。
この映画制作に当たって、家族全員が支援してくれました。母は2年前に亡くなりましたので、もういません。だから母をオニギリの形で映画に含めたかったんです。
今日は皆さんに、この玉子焼き入りのオニギリを食べて頂きます。美味しいオニギリを食べて下さい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「最後の乗客」のストーリーは非常に良く組み立てられている。現実と幻想の融合の世界なのか、前者または後者のみなのか不思議な雰囲気だが、ストーリーの進行に矛盾がなく、一つ一つの事柄が自然に結びついている。隅々にまで神経が行き届いたストーリーだ。それについて堀江監督に伺った。
新報:ストーリーのアイディアはどの様に組み立てたのですか?
堀江:幽霊が見えたというようなストーリーは、色々な記事になったり、一冊の本になったりしているので、その内容などに興味を持っていました。その中に映画のストーリーはありませんが、震災でダメージを受けていろいろな感じ方を持つ人がいる中で、ストーリーがどんでん返しなどのエンターテインメントになると失礼だと思いますから、それよりやはり見る人を「そうだったのか」と思わせる仕掛けがありつつも、もう少し震災を経験していない人でも何か共感できるストーリーというユニバーサルなところで、人はいつ亡くなるか分からないですから毎日を大切に生きて欲しいという事や、亡くなった方の思い、そういう所を軸にしてストーリーを紡いでいったという感じです。
新報:もしも堀江監督がそのストーリーの中にいたら、誰に会いたいですか?
堀江:母とまた会いたいですね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
仙台出身で上映会を見に来ていたシカゴ在住の支倉佳代さんは、堀江監督と話し、偶然にも同じ仙台南高校の卒業生であることが分かった。
新報:仙台の海岸を見たら、どこの海岸だかすぐに分かると話されていましたね。
支倉:もう最初のシーンで、これは荒浜だと思いました。
新報:映画を見て、いかがでした?
支倉:監督が言ってらっしゃることに本当に全部共感しました。まさにその通りです。
例えば私はその時、仙台ではなく横浜にいたんですけど、ニュースで見た時に荒浜って聞いて、荒浜は仙台の市街地に近いので、そんな津波が来るような所じゃないんですよ。だから、私が知ってる荒浜まで、どうして津波がやって来るのかなと思いました。そして、200人の方が亡くなったって。本当に驚きました。
新報:堀江監督が見事に描いて下さったと思いますか?
支倉:そう、そうですね。だからそのシーンや言ってらっしゃる事も、まさにその通り。私があの時思ってた事を、その通りにおっしゃっていました。
新報:ありがとうございました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
堀江貴監督プロフィール:
堀江貴氏は1971 年生まれ、宮城県仙台市出身で現在はニューヨークに本拠を置く映画監督/映像ディレクター。1995 年、南カリフォルニア大学映画学科を卒業後、堀江氏はミュージック・ビデオやプロモーション・ビデオなどを多数手がけ、多くの国際ビデオ賞を受賞している。
堀江氏の最初のショートフィルム「Ordinary Days」は2017年4月にアルテミス・フィルム・フェスティバルで初公開され、続いて同年7月にニュー・ホープ・フィルム・フェスティバルで上映された。「最後の乗客」はモントリオール・インディペンデント・フィルム・フェスティバルにノミネートされ、サンディエゴ・アート・フィルム・フェスティバルでベスト・インディペンデント・フィルム賞を受賞した。
堀江氏は現在新作のフィルム、べんてんやがルート66を旅するロードムービーに取り組んでいる。
渋佐和佳奈氏プロフィール
渋佐和佳奈氏はシカゴ在住のニュースキャスター/レポーター(Nichien-Production所属)。2023年度JCCC新年会ではMCを務めた。
渋佐氏は大学卒業後、2013年の4月から2016年の10月までの3年半、仙台のKHB局でアナウンサーとして復興中の取材や報道に当たった。
その後東京に戻り、WOWOWテレビ局の専属アナウンサーとして5年間、スポーツをメインに報道した。
シカゴではスポーツの取材を手掛けたり、近日では日本のファション雑誌のウェブコラムの執筆を始めている。シカゴの魅力を日本に発信したいと抱負を語っている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ちんどんガールズ「べんてんや」がルート66に日本文化をもたらす
堀江貴氏監督、河野洋氏プロデュースにより、シカゴからサンタモニカまでルート66を旅するちんどんガールズ「べんてんや」のロードムービーを制作する。これは2026年のルート66百年祭に向けて、名古屋に本拠を置くべんてんやがルート66を旅する先々で日本文化を紹介する様子をフィルムに収める。その期間は9月13日から30日の予定で、既にシカゴを出発している。
完成予定は2024年5月で、海外映画祭やアメリカ・ルート66上映ツアー、2024年ルート66ロードフェスト、日本国内劇場上映などを予定している。
「最後の乗客」上映会に現れたべんてんやは、エネルギッシュなちんどんパフォーマンスを披露してくれた。べんてんやはカラフルなコスチュームや底抜けに明るいパフォーマンスだけでなく、ちんどんの音楽性も評価を受けている。ウェブサイトはhttps://bentenya.jp/。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・