日本の将来へ向けて:ソサエティ5.0構想とデジタル・トランスフォーメーション

日本の将来を担う構想として日本政府はデジタル技術による社会「ソサエティ5.0」を打ち出した。現実社会のさまざまな情報をデジタル化し、AI(人工頭脳)などによって社会全体の問題を解決し、より良い人間の暮らしを実現しようという構想で、人工衛星を使った自動運転システムから、コミュニティのニーズに基づく公共サービス、ドローンによる労力の節減などまで、さまざまな先進的プログラムを含んでいる。

そんな「ソサエティ5.0」構想を実現するのに不可欠なのが、デジタル技術が社会にもたらす革新「デジタル・トランスフォーメーション」(「DX」)だ。シカゴ日米協会主催の7月14日ウェビナーでは、このDXとソサエティ5.0構想について、元三菱電機役員の植村憲嗣氏が解説した。三菱電機がこの構想実現にどう関わっているかについても話した。

講演する元三菱電機の産業政策渉外業務役員 植村憲嗣氏

 

植村憲嗣氏は元三菱電機の産業政策渉外業務役員。三菱電機ロシア現地法人、三菱電機ヨーロッパなどに駐在。現在人材サービス大手のエイジェックグループ顧問。

「ソサエティ5.0」構想とは

 日本政府の説明によると、私たちは、狩猟・採集の段階から農耕、産業社会を経て現在は第4段階(ソサエティ4.0)の「情報社会」にいる。コンピューターやインターネット、スマートフォンが行き渡っている社会だ。このデジタル技術が更に進むと、AIやIoT(モノのインターネット)が多用される次の段階「ソサエティ5.0」が来る。これは「人間中心の社会」、つまり先端デジタル技術を用いて、人間の幸福と環境の保全を実現する場所であるという。

 内閣作成によるウェブサイトによると、ソサエティ5.0では、進む少子高齢化や地方の過疎化、労働力不足や地球温暖化などの深刻な問題がデジタル技術の最適利用によって解決され、さらに人間社会のための付加価値創出によって経済効果がもたらされるという。

 この構想によると、気象、交通、インフラ、生産、医療、消費者ニーズといった現実社会の情報はすべて「ビッグデータ」と呼ばれる巨大なデータベースに集められ、そこでAIによって処理される。これはこれまでの一般的なデータ処理能力では追いつかないデータ群だが、AIの使用によって処理可能となる。

ビッグデータに集められた現実社会の情報は、サイバースペース(仮想空間)でAIによって分析・処理され、私たちに有用な「付加価値」を持つ情報となり、現実社会にフィードバックされる。人工衛星が捉えた地上の情報が、現実の道路情報や運転マップとなって私たちの手にもたらされるというのがわかりやすい一例だ。

ソサエティ5.0ではこれがさらに推し進められ、現実と仮想空間がもっと緊密に統合される。

このような統合は、事実上、現在進行中のDXによって実現すると植村氏は話す。

DXとは

DXとは、IT技術の浸透が、企業のビジネスプロセスやビジネスモデルを大きく変え、さらに人間の生活をより良くするような根本的な変容を意味するという。植村氏は、DXは単なるシステムのアップデートではなく、産業面でも社会面でも、その基本が変わっていくものだと説明する。

たとえば、これまで産業分野はそれぞれの会社が作る製品やサービスの種類によって分かれ、その分野の大企業が頂点に立つ「ピラミッド型」として捉えられてきた。しかしDXが進むと、このような種類分けは崩れ、代わりに、その企業がどんな課題を解決するか、どんな社会的ニーズに応えるか、人間生活のためにどんな価値を創出するかという「タスク中心」の分類方法が生まれてくるという。

企業だけでなく各国政府がDXに注目しており、それぞれ異なったDX戦略を持つ。日本政府は、独自のDX方針として「消費者のための価値創出を目指したあらゆる分野の協力」を打ち出している。キーワードは「価値共創」(value co-creation)だ。企業、スタートアップ、大学、民間研究機関、自治体などが協働して価値の創出を目指すという理念だ。ここでも大がかりなデータの共有が前提とされている。

実現の第一歩・スマートシティ

DXの進展とともにもたらされるというソサエティ5.0。その実現の第一歩として予定されているのが「スマートシティ」プロジェクトだ。

スマートシティとは、日常生活のデータが電子的に集められ、さまざまな公共サービスを提供するために使われるコミュニティのこと。現実社会のデータがAIによって処理され、住民の多種多様なニーズに最適したサービスやシステムが作られる。ドローンによる宅配は消費者のニーズに応え、同時に有人配達にかかる労力を省く。またインターネットを使ったバーチャル・ドクター制度の整備により、個々の必要に応じた医療サービスが実現する。オンデマンドの交通・運輸サービスは人工衛星からのデータで可能となる。これらはみな、より便利で効率的な公共サービスの例。すべてデジタル技術の既存の枠を超えた利用によって可能となる。

国連が2015年に採択したSDG(持続可能な開発目標)も、スマートシティで実現可能となる。貧困の克服や再生可能エネルギーの展開、温暖化対策などSDGの課題は、人間中心の社会をビジョンとするスマートシティにおいて解決されると政府は期待している。

現在日本では38件のスマートシティプログラムが進行中。これらの選ばれた自治体では、国の援助を得てソサエティ5.0構想の雛型の建設を進めている。そのうち大阪市とつくば市のプロジェクトには、三菱電機が参画している。

三菱電機とソサエティ5.0構想

三菱電機は電気機器・システムを製造・提供する総合メーカーで、100年の歴史を持つ。次の100年に向けて、移動手段・産業・生活・インフラの4つの主要分野におけるソリューションを統合的に提供することを目指していると植村氏は言う。

統合ソリューションには、ソサエティ5.0構想に関わるものが多い。たとえば三菱電機独自の「e-F@ctory」と呼ばれるシステム。生産現場のニーズから生まれたもので、AIやIoTなど高度な技術とノウハウを用い、多彩なパートナーと連携して最適な生産状況を作り出す。これは「スマート・マニュファクチュア」と呼ばれる、ソサエティ5.0構想の1分野に繋がる。

人工衛星メーカーでもある三菱電機は、日本政府による衛星測位システム「QZSS」(「準天頂衛星システム」)に参画し、衛星を製作している。QZSSは日本上空とその周辺に局限された衛星測位システムで、センチメートル単位の精密な測定が可能。センチメータ級測位補強サービス(CLAS、シーラス)と呼ばれ、その測定データは無料で提供され、たとえば無人自動運転車の走行、農地管理などに使われる。自動運転車とそれを用いた公共交通システムは、ソサエティ5.0やスマートシティ構想の目玉ともいえる。

さらに三菱電機ではMMSと呼ばれる3D地図作成システムを開発した。地上を走る無人自動車にカメラやセンサーを搭載し、それらが感知した周囲の建物や街路樹などのデータを高精度の3次元地図に反映させるというもの。高精度3次元地図は、これからの有人・無人運転にとって需要がさらに高まるため、多くのメーカーが様々な取り組みを開始している。

そのほか三菱電機が開発している統合ソリューションには、資源・環境保全のためエネルギー消費節減を目的とした「ZEB」プロジェクトがある。

ZEB(zero energy building、エネルギーゼロの建物)とは、建物が年間消費するエネルギー量を、再生可能エネルギーの使用などの省エネ手法を用いて差し引きゼロにするというもので、各国でも取り組みが進んでいる。三菱電機は2020年、鎌倉市にZEB関連技術実証棟を建設、消費エネルギーゼロを目指して運用している。

植村氏は最後に、三菱電機の統合ソリューションの提案はソサエティ5.0の実現に向けてさらに拡大するだろうと語った。

三菱電機にとってのカギはDXと開かれたイノベーション(オープン・イノベーション)を推進すること。オープン・イノベーションとは広い範囲のステークホルダーを巻き込んで、よりよい社会と暮らしのために協力して価値創出を目指すことだ。現在進行中の戦略としては、M&Aを通して新たなパートナーを増やし事業分野を拡大することや、異分野のスタートアップなどと協力して新しいソリューションを開発することなどがある。2020年に社内に設置されたビジネス・イノベーション・グループが、これらの戦略をリードしていくだろうと植村氏は結んだ。

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