講演会「世界的不確実性の時代における日米関係の基盤」by 柳淳総領事
岸田文雄首相が4月8日から14日までの1週間、米国を公式訪問し、その意義や成果について、柳淳在シカゴ総領事が4月23日に講演した。同講演会はシカゴ日米協会が主催し、シカゴ市にあるドレイクホテルで行われた。
日本の首相による公式訪問は2015年の故安倍晋三首相以来の事で、岸田首相とジョー・バイデン大統領による首脳会談、バイデン大統領による国賓晩餐会、米連邦議会合同会議での演説の他、米国ビジネス・リーダーとの昼食会、日米友好のための次世代との対話、米国で学ぶ日本人学生との対話、日本語学習者との対話を果たした。
1.記憶すべき重要点
・首脳会談で岸田首相とバイデン大統領は、深い信頼と多層的な友好関係を元に、日米両国は法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を支持・強化し、世界経済の成長をリードする真のグローバル・パートナーとなっている事を繰り返して表明した。
・日米両国はまた、先端技術における競争力を維持し、サプライチェーンの脆弱性を克服することで、互いにとって不可欠なパートナーとして、持続可能で包摂的な世界経済の成長をリードする必要があることを改めて強調した。この流れの中で、両首脳は、AI、宇宙、半導体、量子、バイオテクノロジー、クリーンエネルギー、5Gなどの次世代の新興技術に関する協力の今後の方向性について概説した。
・米連邦議会合同会議での演説で岸田首相は、米国が長きに亘って培って来た国際秩序が新たなチャレンジに直面し、自由と民主主義が世界の至る所で脅威に晒されていると指摘し、世界は米国のリーダーシップに期待していると強調した。そして、米国は一人ではなく、日本は米国と肩と肩が触れ合うように共にあると述べた。
2. 岸田首相の訪問と首脳会談の背景
連邦議会合同会議の演説で述べた岸田首相の認識は:
・世界は今歴史の転換点にあり、我々は今、人類史の次の段階を定義する感化ポイントにいる。
・米国が築き上げて来た国際秩序は、我々とは全く異なる価値観や原則を持つ国々からの挑戦に直面しており、自由と民主主義は世界中で脅威に晒されている。
・気候変動が地球規模の自然災害、貧困、移住を引き起こしている。
・AI技術の急進により、AIの魂をめぐる戦いは、その期待と危険の狭間で繰り広げられている。
・経済力のバランスは変化しており、グローバル・サウスが存在感を強めている。
このような岸田首相の認識を踏まえ、柳総領事は「我々は、ロシアのウクライナ侵攻、中東情勢、東アジアにおける安全保障環境の緊張など、地政学的なチャレンジに直面している。これは国際秩序の根幹を揺るがしており、ロシアの一方的な武力行使を許せば、岸田首相が言うように、今日のウクライナは明日のアジアかも知れない」と述べ、下記のように語った。
そのため、日本は2023年を通じてG7の議長国として同盟国の支援を率先して取りまとめた。また、ロシアに対し強力な制裁措置を取った。日本はウクライナに120億ドル超の支援を表明し、ウクライナの経済成長と復興のための会議も主催しており、今後もウクライナと共に立つ。
日米首脳会談後に発表された日米共同声明「未来のためのグローバル・パートナー」には次の事項が明記されている。
①ロシアの武力行使に断固反対し、立ち向かい続ける事
②ロシアに対する制裁を継続する事
③ウクライナへの支援を提供する事
④ロシアの無条件撤退を要請する事
⑤ロシアの侵略戦争における核兵器の威嚇や使用を容認しない事。
対中国:また、日米同盟が直面する最も重大なチャレンジは、軍事大国であり世界第2位の経済大国である中国が国際社会にもたらすもの。
日本は武力による一方的な現状変更の試みなどの中国の行動を見過ごすことはできないが、対話を行い、対立を求めず、関係の安定を求め、気候変動対策など共通の利益について建設的な関与を模索する。
日米は経済安全保障の分野でも協力を強化している。それらは経済の弾力性、サプライチェーン、重要インフラ、最先端分野おける競争力の強化であり、日米の目的は中国とのデカップリングではなく、日米の重要な経済的利益のリスクを軽減し関係を保つデリスキングにある。
地政学的チャレンジに関して、日本は国家安全保障体制を強化し、2027年までに防衛予算をGDPの2%に倍増させる。
また、2023年までG7議長国を務めた日本は、クワッド、日米韓三国間パートナーシップ、グローバル・サウス諸国など、世界のパートナーとの外交関与を強化し、米国の緊密な同盟国として、米国の大きな期待に応えて来ている。
経済の不確実性に直面する中、日米両国はルールに基づく経済秩序の維持を率先している。これはインド太平洋経済枠組み(IPEF)や、閣僚レベルの二国間政策協議委員会を通じて実践される。後者はまた、経済の弾力性強化や、重大かつ新興技術保護の強化を意図している。
3. 日米間の人と人との絆
在シカゴ総領事館管轄の10州を訪問している柳総領事は「日米間の強固な同盟関係とグローバルなパートナーシップの根底には、両国民を結びつける相互信頼と深い友情の強い絆がある。この絆は、人と人との活気あるネットワークや交流、ビジネスパートナーシップによって何十年にも亘り育まれて来た」と語る。そして、「一貫して日米同盟に対する超党派の強い支持に励まされて来た」という。
柳総領事によると、管轄の10州には35,000人以上の日本人が地域社会と共生し、72の姉妹州県提携や姉妹都市提携が結ばれている。
首脳会談後の日米共同声明には「日米関係の将来の担い手を育成するためには、人と人との交流が最も効果的な方法である」と明記されており、この観点から、両首脳は日米間の交流プログラムの功績と、全米38の日米協会を含む市民社会が日米関係の強化に果たしてきた重要な役割を認識した。
また両首脳は、人と人との繋がりを強化する上でCULCON(Japan-United States Conference on Cultural and Educational Interchange)が果たす役割や、教育交流の促進、次世代リーダーの参画、米国における日本語専門家の交流機会の増加の重要性についても再確認した。
そして公式訪問中の岸田首相は、日米友好のための次世代との対話、米国で学ぶ日本人学生との対話、日本語学習者との対話を果たした。
柳氏は「こうした幾重にも重なる人と人との繋がりが、日米の強固な同盟関係とグローバル・パートナーシップの基盤となっている」と改めて述べた。
4. ビジネス・パートナーシップ
日本はアメリカ経済に信頼を寄せており、日本は4年連続で対米直接投資国第1位となっている。日本企業は約8,000億ドルを投資し、100万人近いアメリカ人の雇用を創出している。そして、その半数は製造業となっている。
特に中西部は日米両国の経済パートナーシップの中心地であり、1,500を超える日系企業がこの地域で15万を超える雇用を生み出している。イリノイ州だけでも、650の日系企業が44,000の雇用を提供している。
これらの日本企業は雇用創出だけでなく、良き企業市民として地域社会との共存共栄に務め、地元自治体や住民の歓迎を受けている。
ビジネス・パートナーシップも岸田首相の公式訪問の柱の一つであり、首相は米国ビジネス・リーダーとの昼食会に出席した。
そして岸田首相は、日米が共に日米経済の弾力性を強化し、半導体、AI、量子、クリーンエネルギーなどの重要かつ新興技術分野において、世界経済成長をけん引することの重要性を指摘した。昼食会の最後に岸田首相は、日米のビジネス関係の深化と、これらの分野での双方向の投資拡大による協力について、改めて認識を深めた。
柳氏は「経済的な投資やパートナーシップの拡大は、人と人との触れ合いの拡大につながり、人と人との交流や文化活動の拡大は、貿易の流れを加速させ、更なる新たな経済投資を呼び込む環境を生み出す。ビジネス経済活動と、文化的な人と人との結び付きは、同じ車の両輪だ」と述べた。
5. アメリカにおける日本の位置づけ
日米貿易摩擦とジャパン・バッシングが絶頂期だった1988年に外務省に入省した柳氏は「今の日本は1980年代の日本とは違い、二桁経済成長やバブルなしの成熟した経済、成熟した社会になっている。実際、アニメ、漫画、寿司、日本酒、スポーツスターなど、多くの日本のコンテンツがここアメリカで広く受け入れられている」と述べ、米国製の日本車や米国野球界で活躍する日本人選手達が米国市民に愛されている事を例にあげ、現在の日本の位置づけについて語った。
6. 日本経済
日本国内では、日本経済を牽引するために「新しい資本主義」と呼ばれる一連の取り組みに着手している。官民が手を携え、気候変動、エネルギー、少子化など日本人が直面する社会経済的課題を経済成長の原動力に変えるために取り組んでいる。グリーン・テクノロジー、クリーン・エネルギー、AI、半導体、バイオなどの最先端分野を発展させるため、日本は海外投資家の誘致を含め、官民投資を強化している。
日本は30年に亘る経済停滞とデフレの出口にたどり着き、賃金上昇、設備投資、株価など総てが過去30年に見られなかった水準に達し、前例のない高水準と主要な変化を活用して躍進している。
成長志向の日本経済はまた、米国のより大きな投資を誘致し、日米両国が力を合わせ、世界経済を力強い成長軌道へと押し上げる助けとなることができる。
「日本は強い経済力を持ち、米国にとって魅力的な投資先であり、最先端技術における日本の競争力は、日米協力の新たな機会を提供する。日本企業は、皆さんの最も信頼できる同盟国の、頼りになるビジネス・パートナーであることを強調したい」と柳氏は語った。
7. 終わりに
最後に柳淳総領事は、民主主義、自由、人権、法の支配という基本的価値観を共有している日米のグローバル・パートナーシップの将来を楽観視していると述べ、「それは私達のグローバル・パートナーシップはゼロからの取り組みによって築かれ、日米両国の社会における多層的な人的繋がりや、多岐に亘るグループに支えられているからだ」と語った。
そして「どのような二国間関係も、最終的には人と人との繋がりにかかっている。日米関係も例外ではない」と講演を結んだ。