スペシャルティ・コーヒー・エキスポ、シカゴで開催
バリスタ飯高亘、世界大会で堂々たるパフォーマンス
北米最大のコーヒー・トレイド・ショー「第35回スペシャルティ・コーヒー・エキスポ」が4月12日から14日までの3日間に亘りシカゴで初開催され、85ヵ国から約17,000人のコーヒーやティビジネス関係者らがマコーミック・センターを訪れた。
同コーヒー・エキスポは例年行事だったが、コロナ禍により開催が見送られ、今年は2019年から5年ぶりの開催となった。開催主催者のスペシャルティ・コーヒー協会によると、同エキスポの入場者数は前回の23%増となり、出展企業は602社と過去最高を数えた。また、同エキスポでは展示や商談だけでなく、プロフェッショナル向けの多くのセミナーも行われた。
同エキスポのハイライトは、世界中のバリスタ(ハンドドリップでコーヒーを抽出するプロフェッショナル)がその技を競う「ワールド・ブリュワーズ・カップ(WBrC)」。各国代表の44人がしのぎを削る中、日本代表のバリスタ飯高亘氏(サザコーヒー)は2日目のセミファイナルをクリアし、最終日のファイナルに臨んだ。
ワールド・ブリュワーズ・カップ(WBrC)
WBrCは3日間に亘って行われる。初日は出場者全員が、各々のコーヒー豆や抽出に使用する器具や淹れ方などについてプレゼンテーションを行う。44人の中から12人が選ばれ、2日目のセミファイナルに進出する。
2日目は主催者側からコーヒー豆が提供され、12人が同じ豆を使って抽出の技を競う。一人の持ち時間は45分ほどで、時間内に何度も抽出のテストを行い、決められた豆から最高のコーヒーを抽出して審査員に提出する。審査員の名前は明かされていない。12人の中から6人が選ばれ、3日目のファイナルに出場する。
3日目は各々が選んで持ち込んだ豆を使い、器具や技を駆使して香り豊かなコーヒーを抽出する。
飯高氏が選んだコーヒー豆は、世界最高のコーヒーの産地と言われるパナマで栽培されたゲイシャ種というコーヒー豆で、花のようなフルーティーな香りと甘みが特徴だという。また、その香りを最高に引き出すために、最初にお湯を注いだコーヒーを瞬時に冷却するパラゴンと呼ばれる金色の球を使った。
飯高氏はこの抽出方法で、2023年の日本チャンピオンとなり、世界大会への出場権を手にした。
WBrCの舞台は、同エキスポ会場の中心に設置され、多くの来場者が見守った。中でも温かさを感じさせたのは、飯高氏を応援するためにシカゴまでやって来た、十数人のサザコーヒーの人々だった。サザコーヒーではバリスタの育成に力を入れており、飯高氏はサザコーヒーのバリスタとして12年のキャリアを持つ。
サザコーヒーの鈴木太郎社長に訊く
鈴木太郎社長はシカゴに複数の友人を持ち、何度もシカゴを訪れているという。同氏は日本スペシャルティ・コーヒー協会の理事であり、日本コーヒー・ブリュー委員会の委員長を務める。
Q:サザコーヒーではコーヒー豆の産地に行き、直接買い付けされていると聞きました。
鈴木:品評会の審査員をよくやるので、そこで優勝した農園などに行くんです。僕もコロンビアにコーヒー農園を持っているので、育成方法などを現地の人々によく訊くんです。
ここに来ている人達がパナマでゲイシャ種を発見したダニエル・ピーターソン氏とその家族の方々なんですよ。世界のパナマ・ゲイシャ種の最も重要な人ですよ。
Q:ゲイシャ種ってどんなコーヒーなのですか?
鈴木:パナマ・ゲイシャというコーヒー豆はとても美味しいです。香りが半端じゃない。もう湧き出る香水みたいなコーヒーですね。もう今まで味わったことないようなコーヒーを、ここで出せている感じです。
2日目の今日は、同じ豆で誰が一番美味しく淹れられるかで評価されます。6人のファイナリストに残れば、明日は持ち込んだ豆で淹れるので、どんな豆でも美味しく淹れられて、自分で美味しい豆を持って来て、一番美味しさが出る器具で、世界一美味しいコーヒーを淹れる事ができる人が勝ちなんです。
Q:飯高さんは唯一、コーヒーを冷却する金属の玉を使うそうですね。
鈴木:コーヒーに一回目のお湯を注ぐ時に、抽出したコーヒーの香りが飛ばないように金属の玉で冷やして、カップの中に香りを全部閉じ込めるんです。冷やした玉は非常に熱伝導が良いので、良く冷えるんですよ。
2回目にお湯を注ぐ時に暖かいコーヒーがカップの中に入る感じ。その時に最初の香りの濃いコーヒーを全部カップの中に閉じ込めた状態で淹れるので、味が濃くて香りが強いコーヒーを出すという難しい抽出のやり方です。
どういう豆使うんですか、どういう淹れ方するんですか、そのコーヒーの味と香りをどう表現するんですかという事の合計点なんですよ。まぁまぁイケてる感じですよ。優勝したいですね。
Q:どうもありがとうございました。
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3日目、6人のファイナリストの一人に選ばれた飯高亘氏は、静かに抽出器具をテーブルに設置し、幾度かコーヒーを淹れて味を確かめた後で、審査員に提出するコーヒーを淹れた。
コーヒーを淹れる飯高氏の流れるような一連の動きは爽やかで清々しく、洗練されたバリスタの美しさが感じられた。コーヒーの抽出を終えた飯高氏には、会場から大きな拍手が沸き上がった。
バリスタ飯高亘氏に訊く
Q:金属の玉でコーヒーを冷却されたのは、新しい淹れ方ですか?
飯高:地球上で一番美味しいコーヒーを作るためには、いろいろなテクノロジーや器具の開発などイノベーションが起きていて、器具メーカーさんや生産者の方々もより良いものを作っています。それらを使えば総てのコーヒーが美味しくなるかと言えば、そうじゃないと思うんですけど、そのコーヒーに合うものや、どういうポイントで使うかなど、そういった事を考えていろいろと準備して、今回このようなやり方を採用しました。
Q:今日使われたコーヒー豆は?
飯高:僕の大好きなパナマのゲイシャという豆を使っています。凄く香りがよくて、三つの農園の豆を使ったんですけど、それらを混ぜずにレイヤーを作るように層にしてブレンドをしてみました。なので、プレゼンテーションではブレンドとは一言も言わずに、インターアクティングという形で、相互作用というか、お互いがシナジー効果を生み出して、温かい時の味わいと、冷めてくる時の味わいがオレンジ色からあかね色になって行くような、グラデーションになるようなコーヒーを表現できたかなぁと思っています。
Q:淹れ方を常に研究されているのですか?
飯高:そうですね。何が一番おいしいのかという事と、自分が出したい味というものは、コーヒー豆の選択や焙煎などで変わって来るので、今回は一緒に混ぜるという事ではなく、あえて層にするということで、味わいがグラデーションになるような形で出せたので良かったなぁと思います。
Q:今日は好成績を残されると思いますが、今後の目標についてお願いします。
飯高:今日のプレゼンテーションで、自分の事をディズニーのキャラクターのニモに例えて表現しました。小っちゃい魚のストーリーで、海を泳いで、いろいろな人との出会いがあって成長して行く物語なんですけど、僕も10年間コーヒーの大会に出続けて来たので、自分の事をニモと呼んでくれと言いました。
美味しいコーヒーって、もう世の中に広まって来ているので、生産者の人達や器具メーカーの人達と繋がることも多くなっています。もちろんお客様とも多くの出会いがあると思うので、いろいろな人達との出会いを繋げられるような架け橋になって、日本のコーヒー業界が世界からより注目されるように、そんな一因になれたら嬉しいと思っています。
Q:ありがとうございました。
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6人のファイナリストのプレゼンテーションが終わった最終日の午後3時を過ぎ、WBrCの会場は成績発表で沸き立った。会場と客席を仕切るパーティションには、飯高氏を激励する寄せ書きで埋まった大きな幕がサザコーヒーの応援団によって掛けられた。
飯高氏は6位でも5位でも4位でもなく、堂々2位を勝ち取った。世界大会初出場とは思えない飯高氏の凛とした姿は、人々を感動させる魅力があった。
サザコーヒーの谷口肇取締役部長によると、サザコーヒーという名前は表千家の「且座喫茶」から来ているという。「どうぞお座り下さい。お茶をどうぞ」という言葉で、「茶道のおもてなしの心でコーヒーをお出しする」という意味を込めてサザコーヒーという社名にしたのだという。
サザコーヒーではコーヒー豆の生産から焙煎、パッケージング技術、流通、最終的にお客様に出すコーヒーまで一貫して運営している。そのためコーヒーを淹れるバリスタの育成にも力を入れて来たという。
コロンビアの直営農場で栽培しているのは味が濃く、甘みがあり、香りの高いコーヒー豆。寒暖の差がある事で美味しいコーヒーができるが、暖かい地域だと深みが生まれない。温暖化によるコーヒーの病気や害虫被害も懸念の種だが、パナマの世界最高と言われる農園との好友関係を持ち情報交換もできるのだという。
谷口氏はサザコーヒーのコーヒーへのコミットメントについて「業界でこれが当たり前というのがあるじゃないですか。でも、オーナー達は『できるんだったらもっとチャレンジして行こう』と追及しているんです。だからこういうバリスタのコンペティションも、世界に向けて挑戦しようというところがあるんだと思います」と語った。
サザコーヒーは茨城県ひたちなか市に本拠を置き、地元はもとより東京駅前、JR品川駅・JR大宮駅(さいたま)など、直営17店舗を展開している。
サザコーヒーのウェブサイトhttps://www.saza.co.jp/で、コーヒーの淹れ方を教える飯高亘氏のビデオを見ることができる。
スペシャルティ・コーヒー・エクスポ、展示の人々
602の出展企業がブースを連ねる会場には、コーヒー豆生産者、大型機器メーカー、小型機器メーカー、ハンドドリップ、ポット、カップなど様々な展示が行われていた。その中には日本からの出展者も多く、抹茶や日本茶を紹介するブースも目立った。
半永久的に使えるセラミックのコーヒー・フィルター
紙のフィルターが要らないセラミックのコーヒー・フィルターを説明していたのはデザイン会社h concept Co.の創始者で代表取締役の名児耶秀美(なごや・ひでよし)氏。
セラミックのフィルターはドリッパーの形をしており、そのままコーヒーの粉を入れてコーヒーを抽出できる。
紙のフィルターだと、豆本来のアロマ・オイルを紙が吸ってしまうが、セラミック・フィルターの表面は髪の毛先よりも細かい多孔質となっており、アロマ・オイルを全部カップに落としてくれるのだという。
また、「紙にはケミカルな部分があり、そこにお湯が通る事によってコーヒー豆の本当の美味しさが味わいづらくなり、もったいない」と名児耶氏は話す。さらにセラミックのフィルターを通す事によって水の分子が細かくなり、舌触りがまろやかな水になるという。
名児耶氏はこのフィルターを開発するために長崎のセラミック職人と一緒にフィルターの角度やお湯の落ちる速度など試作を繰り返し、最終製品に仕上げたという。「日曜日の朝にこれでコーヒーを淹れると、本当に心が洗われる。コーヒー・セレモニー、日本人の茶道というのが、コーヒーで日本に戻ってくるような流れをこのフィルターで形作れたら楽しい。コーヒーを飲むだけじゃなく、美味しいコーヒーを淹れる楽しさを世界中に届けたいと思っています」と語った。
究極のブリューを創り出すのがバリスタの仕事
コネチカット州のコーヒー問屋に勤め、マネージャー・バリスタのタイトルを持つ田中高行氏にコーヒーの淹れ方を伺った。田中氏は1988年当時、シカゴ郊外にあるノースブルック高校に通っていたことがあり、シカゴ地区に造詣が深い。今回は田中氏配下のバリスタの一人が全米ロースター・チャンピョンシップに出場しているという。
コーヒーの淹れ方を田中氏に尋ねると「いやぁ、それは長いです」との返事が返って来た。それでも田中氏は要所を掻い摘んで話してくれた。
1.まず、良いコーヒー豆を選ぶこと。
2.豆を挽くサイズや挽き方から始まり、それから濃さ、ボディの重さ、もしくは軽さが決まる。
3.使うコーヒーの量、それに対する水の量、お湯の注ぎ方などすべてが味に関わる。それを集中してやるのがブリュワーズ・カップなのだという。「同じコーヒーを使って何度も試し、一番美味しい味を引き出す究極のブリューを創り出すのが僕らの仕事です」と田中氏は語った。
人生を変えたコーヒーと焙煎
東京都墨田区に本拠を置く焙煎の会社LEAVES COFFEEの社長で自らもバリスタとなった石井康雄氏。世界チャンピョンを目指すプロボクサーだった石井氏は、ケガで夢を絶たれ、今は焙煎の世界チャンピョンを目指す。
ある日、甘くてフルーティなコーヒーとの出会いに衝撃を受け、コーヒー業界に入った。紆余曲折を経て焙煎の重要性を実感した石井氏は、高額だが理想の焙煎機を購入し、2019年に遂に焙煎業を始めた。「成長は不快な場所にしかありません」という石井氏の短い言葉が多くを物語っている。(フルストーリーに興味がある方はhttps://typica.jp/narratives/roasters/leaves-coffee-roasters/で。)
石井氏が自らの使命と信じて焙煎業を始めた早々に、コロナ禍に見舞われた。だが、家庭で美味しいコーヒーを飲むためにオンライン販売が非常に伸び、コロナ禍も追い風となった。
石井氏は「フルーティなコーヒーは焙煎と素材ですね。本来の素材が良くないと、適切な焙煎をしてもフルーティにはならない」と語る。エキスポ終了後は、「世界最高品種のゲイシャ種を有名にしたパナマに、コーヒーの買い付けに行きます」と語った。
味しいコーヒーを作るドリッパーをデザインする
大分県別府市に本拠に置くハンド・ドリッパーの開発会社、三洋産業の中塚茂次社長は、同社のコーポレイトメッセージは「その先にあるコーヒースマイルを」であり、「家庭で愛する家族や大事な仲間たちとコーヒーを飲みながら笑える空間を作って欲しいという意味だと話す。
焙煎の経験を持つ中塚氏は「やはり家庭で一番美味しくコーヒーを抽出できるのはハンド・ドリップだと思っている」という。
「コーヒー豆は焙煎するとガスが出始め、そのガスが2週間経つと劣化状態に入って行く。挽いたコーヒーの中は空洞でガスが入っている。この中にお湯が入って膨らんで行く。だが、劣化したコーヒーはガスが抜けきっているから膨らまない。だから本来のコーヒーの味が出にくくなってくる。自家焙煎の店で買えば新鮮なコーヒーが買える」と中塚氏は説明する。
中塚氏は家庭でもコーヒーを美味しく抽出するために「フラワー・ドリッパー」を開発した。上から見ると花形のような膨らみがある。これはコーヒーの膨らみを押さえないように配慮したデザインだという。
フラワー・ドリッパーならば家庭でも美味しくコーヒーを淹れることができるが、お湯の入れ方にある程度のコントロールが必要になる。「家庭では上手くできない人が多いのも事実」だと中塚氏はいう。
そこで中塚氏は、細長いフラワー・ドリッパーを作った。お湯がコーヒーに当たる時間が長ければ長いほど、コーヒーを美味しく抽出できる。ろ過の層を長くするために3杯から7杯用に作った。しかし、一杯用が欲しいという声が多く上がった。「それは理論から外れる」と断り続けていた中塚氏だが、コロナ禍の中で家庭で美味しいコーヒーを飲みたいという需要が高まり、ヨーロッパや中東から三洋産業のハンド・ドリップの代理店になりたいというオファーがたくさん来た。そして、それらの地域にフラワー・ドリッパーが広がった。
コロナ禍が終わっても家庭で美味しいコーヒーを飲みたいという需要は増え続けると見た中塚氏は、誰もが一杯のコーヒーを美味しく淹れられる形を考えた。それを具現化したのがドリッパーの口径を狭めた形だった。口径が小さいので、お湯を入れるコントロールができない。お湯を真ん中に落とすだけなので、誰でもできる。しかもろ過の層が長い。考え抜いて行着いた形が、一人用の細長いフラワー・ドリッパーだった。
強い酸味のコーヒーが苦手な人に、中塚氏からのアドバイス。浅煎りのコーヒー豆は酸味が強い。抽出したコーヒーを高い所からカップに入れたり、茶筅のような泡立て器で攪拌して空気を入れることで酸味が和らぐという。
三洋産業のウェブサイトはhttps://sanyo-sangyo.co.jp/。
廃棄物で新しい製品を
コーヒー豆を焙煎する時に出るコーヒージャンクを粉砕したものにプラスチックを混ぜて、プレート、皿、フォークやスプーン、ボールペンのボディなど、色々なものを作ることができる。そのサンプルを展示していたのは大阪府都島にある第一精工舎。開発担当の土山真未氏によると、同社ではいろいろな廃棄物をプラスチックに混ぜることによって有用な物に再生することができるのだという。前者と後者の混合比率は、70%~80%対20%~30%。
例えば籾殻を配合したモミプラス、牡蠣殻を配合したシェルプラス、卵殻を配合したエッグプラス、軽石を配当したロックプラスなどがある。
土山氏によると、コーヒー廃棄物だと濃い茶色になる事は避けられず、今回の出展で需要を探っているという。
第一精工舎のウェブサイトはhttps://www.f-b-i.co.jp/。