キッコーマン・フーズ50周年を祝い、持続可能な成長に邁進

良質な水と農業栽培の研究に、総額500万ドルを2大学に寄付

キッコーマン・フーズ50周年記念祝賀夕食会で、約700人の出席者に挨拶するキッコーマン株式会社の茂木友三郎会長

 ウィスコンシン州ウォルワースにあるキッコーマン・フーズ社の50周年記念祝賀式典が6月9日、同社近隣にあるグランド・ジニーヴァ・リゾート&スパで盛大に開催された。また、第7回ウィスコンシン-U.S.-日本 経済開発カンファレンスが「変動性、不確実性、複雑性、曖昧性の時代における持続可能な世界経済成長の実現に向けて」をテーマに開催された。

キッコーマン・フーズの次の半世紀の成功を祈念して行われた鏡開き。茂木会長や富田大使、スコット・ウォーカー元州知事の姿が見える。

 同祝賀式典にはキッコーマン(株)の茂木友三郎・取締役名誉会長及び取締役会議長、同社堀切功章代表取締役会長、中野祥三郎代表取締役社長CEO、茂木修代表取締役専務、キッコーマン・フーズ社の辻亮平取締役社長COOをはじめ、来賓として冨田浩司駐米大使、杉山普輔前駐米大使、田島浩志在シカゴ総領事、福井俊彦元日銀総裁、井口武雄三井住友海上火災保険名誉顧問及び中西部会会長らが出席した。

 ウィスコンシン州側からはトニー・エヴァーズ州知事、スコット・ウォーカー前州知事、トミー・トンプソン元州知事、マーティン・ジェイムズ・シュライバー元州知事、ブライアン・スタイル米下院議員、ジェニファー・モニューキンウィスコンシン大学マディソン校総長、マーク・モニー・ウィスコンシン大学ミルウォーキー校総長、ミッシー・ヒューズ・ウィスコンシン経済開発公社CEOらが出席した。

 また、岸田文雄首相、ロン・ジョンソン米上院議員、タミー・バルドウィン米上院議員が祝賀のメッセージを寄せ、総勢約700人が祝賀に集う盛大な記念式典となった。

 

地元と共に歩んだキッコーマンの成功

 挨拶に立った茂木友三郎会長は「50年前のキッコーマン・フーズ創業のための投資は、キッコーマンの総資本額を超える巨額投資だった。リスクを取ったが投資は報われ、キッコーマン・フーズは米国での成功の推進力となり、グローバル・ビジネスの成功に道を開いてくれた」と語る。

 現在キッコーマンは、米カリフォルニア州、オランダ、シンガポール、台湾、中国に工場を拡大しており、100カ国以上で醤油製品を販売している。 

 

キッコーマンのウィスコンシン州への貢献に感謝し「6月9日をキッコーマンの日とする」という決議書を手渡すトニー・エヴァーズ州知事(左)と、評議書を手に微笑む茂木友三郎会長

 1961年にコロンビア大学で経営修士号(MBA)を取得した茂木会長が、1973年に国初の醤油工場の操業を始めたのは38歳の時だった。

 茂木会長は「信頼できるビジネス・パートナーや地元政府や機関のサポートなくして、今日の我々はなかった。地元コミュニティの素晴らしい人々なくして、半世紀の長い道のりを歩むことはできなかった。市場や地元の成長と共にキッコーマン・フーズも成長し、このソイソースは我々の従業員の皆さん、地元コミュニティ、そしてビジネス・パートナーの方々の大きな誇りの源、ソースとなった。皆様には心よりお礼を申し上げたい」と語った。

  トニー・エヴァーズ州知事は、キッコーマンのウィスコンシン州への貢献に感謝し「6月9日をキッコーマンの日とする」という宣言書を茂木会長に贈った。

地元に500万ドルを寄付、持続可能な明日を目指す

茂木会長(中)から総額500万ドルの寄付を受け取る、UW-マディソン校のジェニファー・モニューキン総長(左)とUWーミルウォーキー校のマーク・モニー総長。

  茂木会長は次の半世紀に向けて、300年以上を遡る創始者の価値観を尊び、製品の最高水準の品質と安全性に全力を傾け、永続的な環境、持続可能なビジネス、そして人間の尊厳を重んじ、伝統技術を護りながら常に革新を忘れず、アメリカ人のニーズや好みに答える商品を提供して行きたい」と力強く語った。

  茂木会長はそれらの具現化への投資として、ウィスコンシン州の2大学の研究部門に総額500万ドルを寄付した。

 キッコーマンが海外初の進出地として、200を超える候補地の中からウォルワースを選んだのは、醤油の総ての材料である良質の水、大豆、小麦、塩にアクセスできる事だった。茂木会長は「だからこそ、これらの天然資源に責任を持って、持続的に使えるように、最大限の努力を投じることをお約束している」と述べ、2大学の総長、ジェニファー・モニューキン氏と、マーク・モニー氏をポウディアムに迎えた。

  300万ドルは、大豆や小麦などの持続的な作物栽培を研究しているウィスコンシン大学マディソン校の農業&ライフ・サイエンス部門に贈られた。

 また、200万ドルは、五大湖の水のシステムを研究しているウィスコンシン大学ミルウォーキー校のフレッシュウォーター・サイエンス部門に贈られた。

キッコーマン・フーズ社の50周年記念に、ビデオで祝賀メッセージを寄せる岸田文雄首相

岸田文雄首相の祝賀メッセージ

 岸田文雄首相は「キッコーマン・フーズは堅固なパイオニア精神とイノベーションの追求により成功を収め、今日のアメリカの食生活の重要な一部となっている」と述べ、キッコーマンが長年に亘り食文化の国際的な架け橋となっていることや、安定した国際ビジネスを維持しし、良き企業市民となっていることは高く評価されるべきだと称賛した。

 

冨田浩司駐米大使の祝賀

冨田浩司駐米大使

 冨田浩司駐米大使はまさしくキッコーマン・フーズが操業を始めた1973年6月当時の様子について、ガソリンは1ガロン40セント、自動車は3,200ドルで買えたと良き時代のアメリカに触れた。だが、既に1971年のニクソン・ショックで円に対するドルが切り下げられ、創業年の10月にはオイル・ショックが起き、狂乱物価となった。

  しかし、経済混乱の中でキッコーマンは米国将来の可能性を見据え、苦難を乗り越え、現在は創業時の20倍の生産キャパシティを持ち、高品質の醤油を世界の消費者に提供している。冨田大使は「日本の輸出業界は、キッコーマンのウィスコンシンにおける50年のビジネスから多くの学ぶべき事があると思う」と語る。

  5月に広島で開催されたG-7サミットから戻ったばかりだという冨田大使は、非常に良い結果が出たサミットだったと話した。そして、世界のリーダー達を引っ張りながらその結果が出せたのは、日米のパートナーシップに帰すると述べた。

  日米は長年の同盟の上に幾層もの繋がりを築き、パートナーシップを深めて来た。このパートナーシップはワシントンだけでく、全米に亘るビジネス関係や文化交流、大谷選手のようなスポーツ選手の活躍などによって、その弾力性を強めて来た。

  だが、50年前の日米間のパートナーシップは希薄だったと冨田大使は言う。その中でキッコーマンは地元の人々を雇用し、共に働きながら地元とのパートナーシップを培い、堅固なビジネス関係を築いて来たと称賛した。

 冨田大使は長きに亘りキッコーマンを支援し、日本との経済関係を強めてくれたウィスコンシン州に感謝の気持ちを述べた。そして「キッコーマンは次の半世紀に向かって成長を続けウィスコンシンへの経済に貢献して行く。その経済の結びつきは日米経済パートナーシップよりも、もっと深いものになるだろう」と語った。

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第7回ウィスコンシン-U.S.-日本 経済開発カンファレンス

「変動性、不確実性、複雑性、曖昧性の時代における持続可能な世界経済成長の実現に向けて」

第7回ウィスコンシン-U.S.-日本 経済開発カンファレンスで、出席者を歓迎する茂木友三郎会長(中)

 キッコーマンは5年毎の周年行事に、ウィスコンシン-U.S.-日本を繋ぐ経済開発カンファレンスを開催している。50周年を迎えた今年は第7回を数え「変動性、不確実性、複雑性、曖昧性の時代における持続可能な世界経済成長の実現に向けて」をテーマに開催された。同カンファレンスは、キッコーマン・フーズ社、ウィスコンシン大学ミルウォーキー校、ウィスコンシン経済開発公社が共催している。

 今回はジャーナリストで元ニュースキャスターのトーヤ・ワシントン氏がMCとモデレーターを務め、茂木友三郎会長の挨拶に続き、マーク・マニー氏(ウィスコンシン大学ミルウォーキー校総長)、ミッシー・ヒューズ氏(ウィスコンシン経済開発公社CEO)、トニー・エヴァーズ・ウィスコンシン州知事、杉山普輔前駐米大使、飯野正子氏(津田塾大学名誉教授&元学長)、井口武雄氏(三井住友海上火災保険誉顧問&中西部会会長)、ジェフ・ヤブキ氏(元ファイザーヴ会長&CEO)、福井俊彦氏(キヤノン・グローバル戦略研究所理事長&元日本銀行総裁)、デイビッド・ウェインスタイン氏(コロンビア大学日本経済研究所教授)がパネリストを務めた。

 

トーヤ・ワシントン氏

 トーヤ・ワシントン氏は「50年前に日本企業が北米に工場建設を考え始めた頃にキッコーマンがウォルワースで醤油製造を始めた事は、キッコーマンの進取の気風という世界に向けたヴィジョンの具現化であった。そして、日本の主要企業が工場を建てるというウィスコンシン州の歴史の1ページとなった」と話し、この様なキッコーマンの前向きな考え方が、ウィスコンシン、米国、日本が共通の目的を達成しようという経済開発カンファランスを開催させたと語った。

 また、今回のテーマである、VUCAの時代(変動性Volatility、不確実性Uncertainty、複雑性Complexity、曖昧性Ambiguity)における持続可能な世界経済成長の達成を考えることは、持続性のある成長とリスク緩和に極めて重要なツールとなると語った。

 

茂木友三郎会長

茂木友三郎氏

 茂木友三郎会長は、「キッコーマンはウィスコンシンでの経験を通して、持続できる成長の重要性を理解している。キッコーマン・フーズ社が我々の米国での成功の駆動力となり、世界への道を開いたが、今日ご出席の多くの企業の皆さんは、今までどの様に前進して来たか、これから不確実性の高い道をどの様に進めば良いのか、パネリストの皆さんに尋ねたいと思われている事だろう。今日のカンファランスの皆さんのスピーチが、どの様にリスク軽減や成長促進の道を進んで行けば良いのかを理解する助けになってくれると思う」と語った。

 

マーク・モニ-氏

マーク・モニー UW-ミルウォーキー校総長

  ウィスコンシン大学ミルウォーキー校のマーク・モニー総長は、キッコーマンとはビジネスや科学関係で30年以上のパートナーシップがあり、10年前にキッコーマンと共に健康な水に関するラボを開き、研究の成功と地域の世代に亘る将来に無くてはならないパートナーだと両者の関係を説明した。

  モニー氏は、成功にはいろいろな面での変革や改革、イノベーションを必要とし、それらを世界で実行しているキッコーマンのような企業は非常に数少ないという。

 「10年前に茂木会長が言った『今まで実践して来た総ての戦略は既に成功をもたらさない。イノベーションを起こし、新しい経済に対応しなければ取り残される』という言葉は、今日でも真実だ」と話す。

 教育の重要性を強調するモニ-氏は、地域的にもグローバルな見方を持ち、世界的見地に立った思考、問題解決、リーダーシップ、パートナーシップなどを学ぶ必要性について話した。そして、違いを生む多くの官・民・学のリーダー達の話しを同カンファランスで聞くことにより、我々が参考にできる彼らの哲学、洞察、成果を知ることができるだろうと語った。

 

ミッシー・ヒューズ・ウィスコンシン経済開発公社CEO

ミッシー・ヒューズ氏

 ウィスコンシン経済開発公社のミッシー・ヒューズ氏は、パートナーシップ構築の重要性について語った。

 米国進出を目指したキッコーマンは、200カ所の候補地を検討し、最終的にウィスコンシン州のウォルワースを選んだ。そしてウィスコンシン州初の主要日本企業となった。

 50年前、キッコーマンの工場がどの様になるのか誰も予想できなかったとヒューズ氏は語る。だが、ウォルワースを選んだのは、茂木会長の的確なビジョンの証しだと言う。

 ウィスコンシンには醤油の材料にアクセスできるベネフィットの他に、地域の創造力、勤勉な労働力、より良いコミュニティを作ろうとする強い関与があった。

 50年に亘りウィスコンシンとキッコーマンは画期的な関係を育み、直面する変化や不確実性に立ち向かい、共に経済や社会、技術的チャレンジ、労働者やコミュニティの変化に対応し、いつも仕事を共にすることを確認しながらコミュニケーションを取って来た。

 両者のパートナーシップは相互尊重に根ざし、共に経験を分かち合い、互いの文化、強み、能力についての相互理解を深め、その価値ある関係維持を確かなものにするために時間と努力を注いで来た。

 この様なキッコーマンとのパートナーシップにより、ウィスコンシンも多くのベネフィットを得た。多くの雇用が生まれ、州経済を強め、大学に支援を受け、文化交流による相互理解にもドアが開けた。ヒューズ氏は「キッコーマンとウィスコンシンが共にやり遂げた事を誇りに思う」と話す。そしてヒューズ氏は「我々のパートナーシップが成長し続け、新しい機会を創造し、ウィスコンシンと日本が文化交流と理解を促進し、将来の繁栄と世界への繋がりに貢献することに心おどる思いだ」と語った。

 

トニー・エヴァーズ氏

トニー・エヴァンズ州知事

 トニー・エヴァーズ州知事は就任した2019年、州知事として初めての国際貿易ミッションを率い、茂木会長と共に訪日した。「その時にじかに経験したウィスコンシンと日本との関係は、4年を経てより強固なものとなっている。日本はウィスコンシンのカギとなる貿易パートナーとなっている」とエヴァーズ氏は話す。

 同氏によると、日本はウィスコンシンの輸入国ランキングで11位、ウィスコンシンの輸出国ランキングで7位、ウィスコンシンから日本への輸出は毎年約7億ドルだという。また、ウィスコンシンへの海外投資で日本はトップクラスであり、50社の日本企業が進出し数千人のウィスコンシン住民を雇用している。またウィスコンシンの11社が日本に進出している。更に7つの姉妹都市提携があり、意味深く長い関係があるという。

 エヴァーズ氏は「ウィスコンシンと日本は大きな海で隔てられているが、両者は密接なビジネス関係、文化関係があり、それらの関係は数千の雇用、経済増強、そして安全で目を見張るような醤油を提供している」と語った。

 

杉山晋輔氏

杉山晋輔前駐米大使

 杉山晋輔前駐米大使は、50年前の茂木氏の思い切った試みに象徴されるような、日本の「カギとなる役割」について語った。

 G-7広島サミット開催直前、米主要紙が「今こそ日本は声のトーンを上げる時だ」とヘッドラインに出した。

 議長国の日本はG-7サミットを広島で開催し、G-7のリーダーだけでなく、インド、ニュージーランド、インドネシア、ブラジル、韓国などのG-20の主要国のリーダーも招待した。

  同サミットのアジェンダはロシアのウクライナ侵攻から核兵器使用回避、インド-太平洋問題、国際保全問題、南シナ海、北朝鮮、人権問題などなど、40ページ66パラグラフに及んだ。

 数多い議題の中で最も重要な事は世界のリーダーが一堂に会し、この様な問題に立ち向かうために団結することだった。

 もちろんG-7とG-20の違いから、全リーダーが完全に合意することはできなかったが、それでも世界の主要リーダーが広島に集まり、顔を合わせ、国際的懸念事項を共有し、それについてディスカッションを持った意義は大きかった。

 また、岸田首相がウクライナのゼレンスキー大統領の出席を成功させたことは大きく、ゼレンスキー大統領はG-7リーダー全員一致の支援を取り付けた。

  国際社会に大きく影を投げかけているのが中国だが、習近平氏は同サミットへの招待に応じなかった。しかし、G-7のリーダー達は国際社会の安定のためには中国の協力が重要であり、国際ルールを尊重することが世界に利益をもたらし、G-7は分断を望まない主旨の結論を出し、広島からその内容を発信した。これが岸田首相の重要な意図の一つだった。

 この詳細は共同声明の51と52パラグラフに記載されている。和訳は以下の外務省のウェブサイトにある。

https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100507034.pdf

  杉山氏は「これらの外交努力の中心は、日米同盟のメカニズムの上にあることに言及しておきたい。同盟関係はこれ以上ないほど良いと言われている事に私も同意する」と述べ、この様な共同声明書が出せたのも岸田首相とバイデン大統領のように、G-7のリーダー達との友好関係のお陰だと語った。

  最後に杉山氏は、キッコーマンが大きなリスクを取り成功するまでには幾多の苦難があったと思いやる一方、キッコーマンが成功したのはそれだけではなく「米国の一部になろう、アメリカ社会の一部になろう、米国というファミリーの一部になろう、米国社会のメカニズムの一部になろうと努力し、日本のために、米国のために、日米関係のために、はたまた国際社会のために何かをやろうとしたからだ。このカンファレンスでそのことを強調しておきたい」と語った。

 

飯野正子氏、津田塾大学名誉教授&元学長

飯野正子氏

 津田塾大学名誉教授で元学長の飯野正子氏は、時代は違うが、百数十年前のまさにVUCAの時代に、津田塾の設立により日本女性に高等教育を受ける場を作り、日本女性の独立性に道を開いた津田梅子について語った。津田は1871年に6歳で渡米し、米国で教育を受け、幾多の苦難を乗り越え、日本女性が日本社会や世界に貢献できるようにと、1900年に遂に津田塾を設立した。

 津田梅子のストーリーはシカゴ新報2022年正月号に掲載。

 

井口武雄氏

井口武雄氏、中西部会会長&三井住友海上火災保険名誉顧問

 中西部会会長を務め、三井住友海上火災保険名誉顧問の井口武雄氏は、VUCAの時代における企業の成長と発展に必要な事として、ハーバード大学ビジネススクールの日本人教授の言葉を紹介した。

 それはagility, speed, creativity であり、米国ではこの3つを確実に実現し大きく成長している企業が数多くあり、米国経済成長に大きく貢献しているという。

 同教授のcreativityを実現するにはover analysis、overtime、over complianceを止め、イノベーションを起こすこと。賛否両論があるかも知れないが、VUCAの時代においては昨日までの善が必ずしも今日の善にならない事は明らかとなっていると井口氏は語る。

 50年前にキッコーマンがウォルワース進出を決める6年前、キッコーマンの輸出量は総出荷量の1.9%、米国内で醤油を知る人は少なく、需要は僅かだった。また、当時はベトナム戦争終結、第四次中東戦争、オイルショックなど、経済に大きな影響を及ぼす出来事が起き、まさにVUCAの時代だった。だが、キッコーマンはアメリカに醤油市場を創造し、今日の成長を遂げた。井口氏は「VUCA時代における企業の成長モデルに明らかに合致する経営を50年前に実行されたと言うことは驚くべき事だ」と語る。

 一方、企業が成長し経済成長に貢献するには、企業努力の他に政・官・民あげての取り組みが必要となる。頻繁化する天災対策や温暖化排出ガス規制、紛争回避と政情安定などの取り組みが必要となる。井口氏は、自由で開かれたインド太平洋の実現など、貿易や投資の促進と安定が世界経済の発展と安定成長に寄与することを理解し、米国のリーダーシップとEUと日本のとどまる事のない協力が必要だと語った。

 

ジェフ・ヤブキ氏

ジェフ・ヤブキ氏、ファイザーヴ社の前会長&CEO

 ファイザーヴ社の元会長兼CEO(2005-2020)のジェフ・ヤブキ氏は日系二世で父は日系人強制収容を経験した。ヤブキ氏は年商130億から150億ドル、4万人の社員を持つ会社を経営し、キッコーマンとも仕事ができたことは光栄だったと話す。

 ヤブキ氏はファイザーヴの非創設者としてCEOとなり、まず会社の変革を実施した。「今日、一番大切なことはリーダーシップと変動しやすい時期に成長を達成するツールだと信じている」と話す。

 また、ヤブキ氏はウィンストン・チャーチルの「成功とは、熱意を失わず失敗から次の失敗へと挑む能力だ」という言葉紹介し、自らも多くの失敗をして来たと語る。

 ファイザーヴのCEOとなったヤブキ氏は、初年からビジネス効率を上げるための変革に着手した。まず、「我々が絶対になりたい会社の姿とは何か」という事を選択した。2番目は持株会社から総合事業会社となる事、3番目はビジネスを駆動する資産の割り当てだった。

 そして、ファイザーヴのリーダーシップの信念は「人々は日常の現状よりも、何か大きなものを欲する」ということだった。

 この変革により、2009年にはthe Fortune World’s Most Admired Companyに認められ、以後ヤブキ氏の最後の10年のうち9回リストアップされた。シェアホルダー・ターンアウトも14年間で969%となり良好だった。

 ヤブキ氏は、組織の中で変革を起こす時に重要な能力は、限りある資源を目標達成のために割り当てる戦略を持つことだという。そして更に重要なことは「what, where, when, how」を明確にすることだと話す。 

 ヤブキ氏は、イノベーションの機会はテクノロジーだけでなく、人々の間にも、ビジネス基盤にもどこにでもあるという。そして、イノベーションがリーダーと追従者を分けるのだという。変革に動く時はその違いが重要となり、斬新な方法を持つリーダーはその組織に大きなインパクトを与えることができるのだ語る。

 時代の流れは加速度的に速くなっている。例えばChatGPTは2ヶ月で1億人のユーザーを得たが、フェイスブックは1億人のユーザーを獲得するのに4.5年を要し、携帯電話は1億本の普及に16年を要した。 

 ヤブキ氏はVUCAの時代のリーダーシップについて「勝つためには変革が必要だ」と力説する。そして、イノベーションは人々、プロセス、テクノロジーの正しいコンビネーションによって起きるのだという。 

 「今は多様、包括、均衡の時代であり、能力あるリーダーシップが潜在する労働力を開くことになる。物の見方を変えようと思えば、目の前の物が変わる。我々リーダーは変わらなければならない」とヤブキ氏は語った。

 

福井俊彦氏

福井俊彦元日銀総裁&現キャノングローバル戦略研究所理事長

 元日本銀行総裁で現在キヤノングローバル戦略研究所理事長を務める福井俊彦氏は、予想外のCOVID-19とロシアのウクライナ侵攻に遭遇したが、これらの難題が解決されても、経済は元には戻らないと語る。

  一つは、近年のロシアの挙動と米中対立の緊張が深刻化し、世界秩序メカニズムに悪化の兆候が現れている。国際連合の秩序が劣化すれば、市場が歪みサプライチェーンが機能せず、世界経済のスムーズな動きが止まる。

  例えばエネルギーや食品や多様なアイテムは、消費者需要に起因するものではなく、供給面を出発点にしており、それゆえに中央銀行の利上げは期待通りの効果が表れない。

  また賃金について、労働力が同じであれば低い方へ流れ、所得の不均衡が拡大し、社会のひずみと分断を増長する。

  将来の設計について、世界の人々が世界秩序を維持するために、米中を組み込むメカニズムの構築が緊急の仕事となっていると福井氏はいう。

  日本は少子化や高齢化による長い経済停滞を乗り越え、高度成長を達成したが、再度の停滞を避け健全な将来の経済を作るために、イノベーションによる工夫が必要となる。イノベーションとはデジタル化だけでなく夢を現実化する新しい価値観の探索を含む。

  福井氏は「最も重要な事は、若い世代が固定観念を打開する一方、我々が若い世代をサポートするために、社会の改革に努力を惜しまない事だ」と語った。

 

デイビッド・ウェインスタイン氏

デイビッド・ウェインスタイン氏、コロンビア大学日本経済研究所教授

 コロンビア大学 日本経済研究所教授のデイビッド・ウェインスタイン氏は、不確実性の影響と、その要因について述べた。

  不確実性はビジネスに考慮すべき重大事であり、製造、投資、金融、雇用に影響する。また、不確実性により企業や消費者がより注意深くなるために、需要に影響する。そして、世界のサプライチェーンを阻害する。

 8年前にエコノミスト達が不確実性を計るためのデータ収集を始めた。これは新聞記事やメディア報道に出てくる「不確実性+政策」や「不確実性+関税」などのキーワードを使ってその回数を数えるもので、その頻度によりジャーナリストらが不確実性について着目している事柄が分かる。

  日本ではバブル崩壊後の金融危機やリーマンショックなど、いくつかの不確実性の急上昇が見られる。

 米国では9/11後に急上昇があり、その後はリーマンショックまで変動は緩やかだった。税引き上げやトランプ政権始動、COVID-19で不確実性の急上昇があった。

 中国についてはWTO加盟以前に不確実性が高まり、その後は落ち着いていたが、リーマンショック時や関税による米中対立が始まった2018年辺りに急上昇があった。

 ロシアではクリミア侵攻時に不確実性の急上昇があった。

  米中貿易対立は米国経済に2つのインパクトを与えている。

 一つは、米国消費者への直接的インパクトだが、この影響は小さい。中国からの輸入金額は米国GDPの約2%に過ぎず、消費者へのコストはGDPの0.1から0.2%と小さい。

 一方、株式市場へのインパクトは大きい。トランプ政権は協定ベースのWTOシステムから離れ、一国主義に動いた。

  WTOシステムはリスクに瀕している。

 貿易政策はより兵器化され、経済制裁は国や経済の懸念だけでなく、環境、労働力、モラル面でも懸念を掻き立てている。

 現在の米中の関税は20から30%だが、WTO協定と合致させる試みは行われていない。また、米国はWTO上級委員会の新委員の指名をブロックしており、定足数が足りず紛争を裁定できない。

 茂木会長がMBAの生徒であった1960年、国際間の経済制裁は20件だったものが、2014年には170件に増加している。

 米国が発行した経済制裁は貿易の1%以下だったものが2020年には13%を占めるようになった。EUは2004年から2015年の間に27カ国に対し40件の制裁をかけている。中国は過去10年で、それ以前の10年間の3倍の制裁をかけるようになった。ロシアも大々的に制裁を使っている。

  現在は、日本では経済政策による不確実性が上がっている。世界では不確実性がドラマティックに上がっており、中国とロシアでは政策の不確実性が急上昇している。

 世界は現在、非常に不確実性の高い時期にあり、少なくとも経済政策に関しては前代未聞の不確実性の高まりとなっている。

  ウェインスタイン氏は「我々は明確に上昇する政策の不確実性と複雑になった世界に住んでいる。制裁を使うことには賛否両論があるが、我々はビジネスにおける決断をする時に、不確実性の上昇が続く世界の現状を認識する必要がある」と語った。

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