銀座ホリデー、3年ぶりにミニ版で開催「来年の銀座ホリデーが楽しみ」と訪問客ら

写真:中西部仏教会の銀座ホリデー・ライトで法悦太鼓のパフォーマンスを楽しむ来場者

シカゴの夏の風物詩、中西部仏教会の「銀座ホリデー」が8月13日と14日の両日、3年ぶりに開催された。新型コロナによるパンデミックはいまだに世界を悩ませており、今年は「銀座ホリデー・ライト」と銘打ち、ミニ・ヴァージョンで実施された。

江戸技職人のブースや色とりどりの出店はなかったが、名物の照り焼きチキンをはじめ、ベジ―・バーガー、ハワイアンかき氷、ソフトドリンクの販売が行われ、境内には照り焼きチキンの香ばしい匂いが立ち込めた。

照り焼きチキンは例年、ボランティアの協力でグリルされている。予約なしでも販売されたが、夕方前には完売した。

写真:人気の照り焼きチキンを焼く中西部仏教会のボランティア

お楽しみのパフォーマンスは常設の舞台を使わず地面で行われ、観客にとってはパフォーマンスをより身近に見ることができた。

中西部仏教会の民謡グループ、同仏教会の太鼓グループ、法悦太鼓がパフォーマンスを繰り広げ、その度に観客が大勢集まった。

I銀座ホリデーを楽しむ人々

オクノ兄弟

日系二世のジョージ・オクノさんと弟のジェイムズさんは家族や友人連れで照り焼きチキンを楽しんでいた。兄弟の父親はシェフで、シカゴダウンタウンにあったキョウリというレストランで働いていた。母親はセツコさんと言い、シカゴ新報のタイピストとして1997年まで働いていた。父の仕事の都合で両親はニューヨークに引っ越したが、近年はシカゴに戻っているという。

日系二世のジョージ・オクノさんと弟のジェイムズさんは家族や友人連れで照り焼きチキンを楽しんでいた。兄弟の父親はシェフで、シカゴダウンタウンにあったキョウリというレストランで働いていた。母親はセツコさんと言い、シカゴ新報のタイピストとして1997年まで働いていた。父の仕事の都合で両親はニューヨークに引っ越したが、近年はシカゴに戻っているという。

父はいつも仕事で忙しく、母が毎年銀座ホリデーに連れて来てくれた。兄弟は「小さい時から母と一緒に来ていた」と声を揃える。

ジョージさんは「フード!」と銀座ホリデーの思い出を語る。「毎年、照り焼きチキンを買ってと母にせがんでいました。チキンを食べないと銀座の感じがしません。それから出店や舞台のパフォーマンスを見ていました」と懐かし気に話す。

兄弟は小さい時から中西部仏教会で行われていた日本語の学校に通っていた。ジョージさんが小学2年か3年の時、日本語学校の生徒達が銀座ホリデーの舞台の上でソロバンの実演をすることになった。「もの凄く上がってドキドキしていたのを今も思い出しますね」とジョージさんは語る。

写真:左より、ジェイムズ・オクノさんと娘たち、ミッシェル&ジョージ・オクノさんと娘のエミコさんとナオミさん、南純子さんと夫のマイケル・ミチャラックさん

兄弟は1歳半違うだけで、どちらも2人の娘がいる。銀座ホリデーの楽しい思い出が、兄弟家族の絆の一つになっているようだ。

南純子さん

南純子さんと夫のマイケル・ミチャラックさん一家はサンノゼから2004年にシカゴに引っ越してきた。子供がオクノ家と同じ学校に通っていることから知り合い、オクノ家と一緒に銀座ホリデーに初めてやって来た。

南さんによると、サンノゼのジャパン・タウンにある仏教会でも銀座フェスティバルが毎年開催され、照り焼きチキンやおにぎりやトウモロコシなどが販売されるという。「中西部仏教会の銀座ホリデーはもっと人が集まると聞いています。サンノゼでも日本タイプのお祭りは人気があって、私もサンノゼの銀座に行っていました。たぶん、チキンはこちらの方が美味しいかも知れませんね」と語った。

写真:左より、ユージーン・ユ・ジーさん、リーシン・ジャンさん、ジュン・シャング・チェンさん、ルオジ・シュウさん

中国系の2家族

ユージーン・ユ・ジーさんはシカゴ大学の博士号候補生で、夫人のリーシン・ジャンさんは昨年同大学を卒業したところ。リーシンさんは「(銀座ホリデーは)すっごくいい所。私達、ここに来るのは初めてです。チキンを食べましたが、とても美味しいです。今、太鼓のパフォーマンスを楽しみに待っているところです。夫は日本語を少し話すんですよ」と話す。

ルオジ・シュウさんはノースウェスタン大学の博士号取得後の研究者として働いている。リーシンさんに誘われ、日頃余り会う機会がないので銀座にやって来た。夫のジュン・シャング・チェンさんは台湾の人で、2人は3年前に結婚し、ハネムーンで東京、京都、奈良を旅行したという。ジュンさんは「日本の食べ物と古い仏教のお寺が最高でした」と話す。昨年11月にジュンさんがシカゴで仕事を得たので、2人でシカゴに住むことができるようになったという。

ルオジさんは「夫は日本語を習っていて、いつも日本語を話す機会を探しているんですよ」と話す。ジュンさんは台湾とアメリカを往来する際、フライトのコネクションで東京や大阪を数回訪れたことがあるのだという。

ナンシー・ペロシ米下院議長が8月2日に台湾を訪問後、台湾周辺で中国軍が演習を続けていることについて意見を聞いてみると、ルオジさんは「初めてじゃありませんから」と話し、ジュンさんは「我々は経験を積んでいますから、慣れっこですよ」と笑顔を見せた。ユージーンさんは「中国は周辺国をイジメている。それは良くない」と語った。

写真:ジョン・トレンディさんと妻のダニエル・モンタナさん

ジョン&ダニエル夫妻

ジョン・トレンディさんとダニエル・モンタナさん夫妻は、太鼓ミュージシャンのニック・クレメンテさんから「この祭りにはベスト・ミュージシャンとベスト照り焼きチキンがある」と聞いて、初めて銀座ホリデーにやって来た。チキンは既に予約してあり、持ち帰って夕食にするのだという。

ジョンさんは「今年はミニ・ヴァージョンだとニックから聞いています。彼が『来年は大きいのがあるから』と言っていました」と話す。ダニエルさんも「来年を楽しみにしています。もう待ちきれない気持ちです」と話し「太鼓のパフォーマンスが始まるよ」とジョンさんを促して客席に向かった。

ジョンさんはゴジラファンでもあり、宝田明氏の逝去やオリジナルのゴジラ映画に込められた反核のメッセージも知っていた。漫画家の伊藤潤二さんのファンでもあり、作品についての解説もしてくれた。

バレエで繋がる2人の友達

中西部仏教会のボランティアで良く見かけるロイ・ヤマモトさんとジョイス・オグラ・ヤマモトさん夫妻がルース・コイルさんとテーブルに座り、照り焼きチキンを食べていた。

ジョイスさんとルースさんは長年の友達で、1970年代の終わり頃からバレエ教室で学んでいた。二人は同じ生徒のグループに属し一緒に踊っていた。そのグループの中でルースさんが一番背が高く、ジョイスさんが一番チビだったと2人は笑う。ルースさんは今でもバレエを続けているという。

ルースさんの家系は母方がスウェーデン、父方がスコットランドで、スウェーデンの焼き菓子やパンを良く作るのだという。食文化には興味があり、日本の食べ物には絶対に興味があるのだという。

ジョイスさんとルースさんは姿形もバックグランドも違うが、もう何十年も仲良しの関係が続いている。2人はバレエ時代の事やルースさんの子供達の成長の事などを楽し気に話し続けていた。67年の間、訪れる人々を見守って来た銀座ホリデーは、人々の友情や思い出を豊かに育む場所でもあるようだ。

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