トリニティ・アイリッシュ・ダンス・カンパニー:創始者が語る心あふれる日本との繋がり

シカゴのトリニティ・アイリッシュ・ダンス・カンパニーと日本との間には意外な絆がある。日本との出会いやお互いの影響などについて創始者に訊いた。

写真は福島県本宮市でのアウトリーチ・プログラムで地元住民と交流するトリニティのメンバーたち

 軽快で素早いステップ、一糸乱れぬ動き、息を呑むようなアイリッシュ・ダンスのステージを繰り広げるシカゴのトリニティ・アイリッシュ・ダンス・カンパニー(以下、トリニティ)の公演が2月5日(日)の夜7時半から、オーディトリアム・シアターで行われる。

 トリニティと日本との意外な絆を、トリニティの創始者で芸術監督、振付、演出家のマーク・ハワード氏と、副芸術監督で振付師のチェルシー・ホイ氏に伺った。

 トリニティは1990年にハワード氏によって設立され、そのメンバーには多くのアイリッシュ・ダンスの世界チャンピョンを含む。2004年に日本で初めてのツアーを実施して以来、2年毎に日本の主要都市で10から12回の公演を行っている。今年の夏には日本で8回目のツアーを行う。

 2012年には関東大震災後の福島県本宮市を訪れ、招待公演の他、被災者を仮設住宅に見舞った。

 2016年には熊本地震によりダメージを受けた劇場のためにファンドレイジングを行い、復興に尽力した。

 

 この様な慈善活動は同情心だけでなく、日本との精神的、文化的、芸術的な拘わりに根差している。ハワード氏は「我々が日本で受けた影響は、我々が日本にもたらしたものよりも遥かに大きい」と語る。

 ハワード氏はアイルランド系アメリカ人トップ100人に選ばれ、エミー賞も獲得するなどの著名人だが、気さくに日本との関係を話してくれた。

日本との出会い

 トリニティの日本公演の切っ掛けとなったのはIMGという世界大手の代理店だった。日本の受け側となったのは、日本の代理店の中村聡武(なかむら・としたけ)氏だった。中村氏はその後、自らの代理店「テンポプリモ」を創設し、現在もトリニティの日本ツアーを世話している。

熊本市での公演で

 日本では公演数か月前にメディア・ツアーがあり、東京テレビを始め複数のメディアがプロモーションに協力してくれるのだという。また、メディア・ツアーで皇太子夫人や首相の前でパフォーマンスしたこともある。

 ハワード氏は「我々は特別な待遇を受け、非常にラッキーだ」と話す。また「日本の聴衆は非常に耳が肥えている。劇場のクルー達も、プレゼンター達も驚くほど良くやってくれる。設備も最高で、聴衆はアートだ。フランスやニューヨークのレベルと同じだ」と語った。

人々の触れ合い

メディアツアーで。左は中村聡武さん

 ハワード氏が2012年のツアーで日本に着いた翌朝、被災地の変わり果てた姿に震え上る思いだった。中村氏も義理の母を亡くしていたが、福島第一原発の事故で本宮市の仮設住宅に移住していた人々のためにトリニティの招待公演を準備してくれた。公演前には仮設住 宅を訪れ、500人から600人の被災者の人々と交流した。

 招待公演には本宮市長や福島市長を始め、1500人から2000人の人々が来てくれた。公演後に中村氏が観客からのプレゼントを手渡してくれた。そこには小銭やお札を集めた66ドル余りのお金と、高齢者の女性が差し入れてくれたお茶があった。ハワード氏は「(被災して)何もない人達が、我々に何かしてあげようとする感動の一瞬だった」と話す。

 2年後にツアーで日本を訪れたハワード氏は休みを取り、トリニティのメンバーを連れて本宮市の仮設住宅を訪問し、仮設の人々と再会した。

 2016年にツアーで日本を訪れると、熊本の地震で数十人の人達が亡くなったことを知らされた。そして、トリニティの公演場所となっていた劇場がダメージを受け、熊本公演はキャンセルとなった。

震災後の本宮市で住民の歓迎を受けるハワード氏(左)とチェルシーさん(右から3番目)

 その時、まだティーンエイジャーだったチェルシー・ホイさんと二十歳の若者がイニシアティブを取り、劇場復興のためにファンドレイジング・キャンペーンを始めた。そのキャンペーンで約2万ドルを集め、中村氏がパートナーシップを持つキャンディ会社が同額をマッチングしてくれ、劇場は復興した。後年にその劇場で招待公演が行われ、地元との交流も行われた。「そのショーは大成功だった。本当に忘れられない夜となった」とハワード氏は語った。

日本の影響

 ハワード氏は「私はアーティストとして、我々のアートを分かち合うために日本へ行くが、日本から多くをもらい、それを持ち帰り、そして日本が我々を変えている。上手く言えないが(それは大きな影響だ)」と話す。

 アイリッシュ・ダンスにはブラック・ローズというダンスがあるとハワード氏は話す。これはアイルランド人が投獄されていた時、アイルランドはかわいそうな小さな黒バラと呼ばれたことに由来する。そのダンスには太鼓のバチを使うのだという。

 

 そのバチと佐渡ヶ島に本拠を置く鼓童とは関係はないが、ハワード氏がトリニティの創設に当たり、大きな影響を与えたのが鼓童だったとハワード氏は語る。

 アイリッシュ・ダンスはかつてアートフォームとは見られず、舞台でのパフォーマンスは禁じられていた。ハワード氏は鼓童のメンバーに会い、アイリッシュ・ダンスという民族の踊りの一団を作り、舞台に上げようというアイディアを得た。鼓童も伝統的な和太鼓演奏をアートフォームに仕上げ、世界の舞台に押し上げている。

 鼓童はトリニティと同じIMGという代理店を使っていたことから、ハワード氏は鼓童と共にツアーに出たことがある。また、鼓童とコラボレーションをし、ツアーに出るところまで話が進んでいたが、失われた10年と呼ばれる日本の経済低迷の影響を受け、実現しなかったという。

 2004年にトリニティの日本ツアーが始まったが、ハワード氏は日本に行かなかった。シカゴでダンス・スクールを運営していたことから、遠出は難しかった。だが、3回目のツアーで初めて日本へ行き、いかにトリニティが日本で愛されているかを知り、驚いた。

 その時にダンス評論家やプレゼンター達からトリニティの人気について説明を受けた。それによると、ハワード氏がダンスに取り入れている「間」の取り方や静と動の動きが能や歌舞伎に通じるところがあり、また、日本人が技を極めた人々に敬意を払うように、トリニティが世界チャンピオンのタイトルを持つダンサーを多く持つことが、日本の聴衆の尊敬を集めているという事だった。

 チェルシーさんは「だからこそ、シカゴの日本/日系アメリカ人コミュニティの人々にもその事を、トリニティの事を知ってもらいたい。我々が持っている日本との特別な繋がりを知ってもらいたい。我々の地元シカゴでもその様な繋がりを構築したい」と語った。

日本に広がるアイリッシュ・ダンス熱  

 トリニティの日本ツアーの影響を受けて、日本にアイリッシュ・ダンス学校がお目見えした。その後アイリッシュ・ダンス教室が増えている。  日本ツアーの時にいつもトリニティの周りに一人の年配の女性がいた。4年前の事だが、その時に同行していたフィルムメーカーがその女性にインタビューすると、最初にアイリッシュ・ダンスの学校を作った人物だった。

 その生徒にトモ子さんという生徒がいて、アイルランドにアイリッシュ・ダンスを学びに行き、帰国後は東京で自らの学校を開いた。ハワード氏らがトモ子さんと良い友達になったことは言うまでもない。トモ子さんは世界大会でチャンピオンとなった十代の生徒を数人持っており、そのうちの一人がシカゴのダンス・スクールに来ることになっている。その生徒がトリニティのメンバーとなれば、トリニティは日本人のダンサーを持つことになる。

伝統を尊び、多様化を進める

 トリニティは今年、初めてアフリカ系のダンサーを採用した。また、メキシコ人の男性も入り、2月5日のオーディトリアムの舞台に2人が加わる。

トモ子さん(右端)の生徒たちと写真に収まるハワード氏(中央)

テレビ東京の取材クルーと、シカゴの「ハウス・オブ・ブルース」の前で

 ハワード氏は「我々はアート・フォームに相当しない低レベルのダンス・タイプだと辱しめられて来た。だが今は違う。我々はディバーシティと個人の才能を祝うユニークな道を謳歌している」と語る。

 8歳でアイリッシュ・ダンスを始めたハワード氏は北米チャンピオンを含め数々の賞を受賞し、伝統的なアイリッシュ・ダンスに確固たるルーツを持つ。その中で新しい要素を取り入れ、プログレッシブ・アイリッシュ・ダンスとして進化させて来た。商業主義に走らず、伝統を護り、アイリッシュ・ダンスの芸術性を高める事にハワード氏は軸足を置いている。伝統を尊び、芸術性を高める事は日本人にも共通するところが大きい。

シカゴ公演

 2月5日のシカゴ公演では、トリニティの多様な進化を祝う大ヒットのレパートリーをフィーチャーする。ハワード氏創作のアイリッシュと時代を超えたリズムの研究「Soles」を始め、炸裂する妙手のステップ「Push」、日本でも人気の「An Sorcas (The Circus)」、アイリッシュ・ステップとアメリカン・タップのハイブリッド「American Traffic」など、現代風のリバーダンスでは到達できない最新鋭のダンスを披露する。

 

 また、バイオリンの奇跡と呼ばれるジェイク・ジェイムスと、2014年のソロ・アイリッシュ・ダンスの世界チャンピョンとなったアリ・ダウティが「Sparks」を演じる。これは昨年11月にウォーキシャで行われたパレードの暴走車事件に巻き込まれて死亡した8歳のジャクソン・スパークス少年に捧げるもの。

 そして舞台はトリニティのクラシック演目、「Black Rose」、「A New Dawn」、「Communion」などで締めくくる。

 トリニティはシカゴの他、カンザス、フィラディルフィア、ニューヨーク、ミルウォーキー、マディソン(WI)などで公演する。海外ではこれまでに日本の他、オーストリア、ドイツ、フランス、台湾で公演している。

 ハワード氏とチェルシーは日本ツアーを楽しみにしていると述べ、日本の食べ物について語った。

 ハワード氏はコンビニのサンドウィッチも美味しく、イタリアに言って食べるよりも日本のイタリアン・レストランの方が美味しい、また、母のシェファードパイよりも日本で食べた方がベストだったとほほ笑んだ。

 チェルシーさんは、チョコレート・ラーメンが最高だったと語った。

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